なぜ国鉄形なのか? つづき

 2017.03.29 Wednesday 

いすみ鉄道で国鉄形の車両を走らせることは、沿線風景を引き立たせ、昭和の日本の良さを味わっていただくことで、観光でいらしていただいたお客様に懐かしさを感じていただこうというのが、「戦略」の基本にあります。

最近ではレトロブームと言われていて、地下鉄銀座線がわざわざ見かけの古い新型電車を作ったりしていますが、これは、ある意味文明が行きつくところまで行きついて、日本人がこういう古いものを振り返る心の余裕ができてきていることの証明のような気がします。

先日も申し上げましたが、30年もすると社会の中心で活躍している人間が入れ替わりますから、人の考え方も変わりますし、世の中そのものも変わります。これは何も今だけの話ではなくて、いつの時代にも言えることで、そうやって文化や文明が継承されてきたのですが、特に最近では世の中の変化が激しいですから、例えば鉄道車両や自動車だけでなく、住んでいるところや買い物に行くお店、レストランの内装やメニューの書き方、商品の陳列方法などが30年前と比べると大きく変化しています。そして、その変化を経験してきた人間としては、昔を懐かしむ気持ちが大きくなります。これがいわゆるレトロブームでありますが、レトロというのはあくまでも外観上の見かけの問題であって、いすみ鉄道が走らせている昭和の国鉄形ディーゼルカーも、昔は全国あちらこちらで走っていた鉄道車両が、今はもういすみ鉄道でしか見ることはできないというところに価値があって、それがレトロ感満載なので、昨今の昭和ブームも相まって、お年寄りから若者まで、人気があるのだと思います。

 

ところが、レトロブームというのはそれだけではないと私は考えています。銀座線の車両が新車にもかかわらず、わざと古く見せかけているのは、いすみ鉄道のキハ20と同じく「レトロ感満載」なわけですが、そのレトロというのはレトロ風と言われるようにあくまでも見かけの問題であって、実は、そのレトロ感満載の外観を見た受け手である人たちは、「なんだか懐かしいなあ。」という気持ちになるからレトロがブームになるわけで、これは実は心の内面の問題なのであります。つまり、レトロが見かけの問題であるのに対し、心の内面のに起こるのは「ノスタルジー」というわけでありまして、一人一人が、それぞれの過去に照らし合わせて、「ああ、あの頃はこうだったなあ。」ということを懐古するわけで、それが文化的な深みなのであります。

 

世の中にはいろいろな人がいますから、古いものなど興味がないという人たちもたくさんいます。でも、古いものは良いなあという人たちもたくさんいるわけで、これがビジネス的に言うと、いわゆる顧客になりえるかどうかというターゲット層なわけですが、都会の大きな会社ならば新しいものを好むお客様に対して新しいものを作って商品供給ができますが、田舎のお金のない会社にしてみたら、新しいものを好まれるお客様に対しての商品供給はできませんから、当然、ローカル線の戦略としては、ノスタルジーに訴える方法を取るのが適していて、そう考えるとローカル線という会社だけではなくて、地域や沿線風景も、ノスタルジーで勝負するのが一番合理的であり、非日常体験が旅だと思っていただける顧客層にターゲットを絞れば、そこにはある一定の鉱脈が眠っているのは明らかであって、お金もなく、受け皿も小さい田舎が取るべき戦略としては、そういう少数のマーケットを狙いに行くことが一番手っ取り早いですから、私はその部分で「需要の創造」を行っているわけです。

まして、ノスタルジーというのは一人一人の心の内面の問題でありますから、そういうお客様は、自分で勝手に想像を膨らませ、思い出に浸ってくれるわけで、実に手がかからない。モノも金も人もない地域や会社が、堂々と都会や大きな会社と渡り合えるというのも、このノスタルジーでありますから、そのためのレトロなのだと私は考えています。

 

さて、そのレトロな昭和の国鉄形ディーゼルカーを走らせて、ノスタルジーを楽しんでいただくことで、会社としては手間のかからないビジネスを展開してみると、予想しなかったことが起こりました。それが、「共通の懐かしさ。」なんです。

40代以上の鉄道ファンなら、キハ52とかキハ28が今でも走っているということに価値を見出してくれますし、それなりのお金も落としてくれます。でも、それでは眠っている鉱脈の層としては薄いのですが、実際にやってみると、鉄道ファンでもなんでもないおじさんやおばさんたちが、「あら、懐かしい。」と言ってくれることに気が付きました。

その言葉の後には、「昔、乗ってたわ〜」「こういう汽車で学校へ通っていたんだ。」という言葉が必ずついてきます。

それが国鉄形の力だということに気づかされたのです。

 

どういうことかというと、国鉄形って全国区なんです。

30年前までの国鉄は、車両も全国共通で、寒冷地向けとか温暖地向けというように、多少の車両の仕様の違いはあるにしても、キハ52もキハ28も、北から南まで全国で走っていましたから、東北出身の人も、北陸の人も、山陰の人も、四国の人も、九州の人も、キハ52やキハ28のような国鉄の列車に乗って学校へ行ったり旅をした経験があるわけで、そういう人が、いすみ鉄道にやってきて、キハが走っているのを見ると、「わあ、懐かしい。」となるのです。

日本全国の皆様方が、いすみ鉄道沿線地域に初めてやってきたにもかかわらず懐かしい場所になって、心に刻まれるという仕組みがあるのです。まして、いすみ鉄道沿線には昭和の田園風景が広がり、漁港では賑やかな朝市があって、特産品などおいしいものがたくさんある。それが東京から1時間ほどで来られるとなれば、これは注目されるのが当たり前だと誰もが思いますよね。

これが、いすみ鉄道の戦略が功を奏しているということなのです。

 

おいしいものが取れる地域など全国にいくらでもあります。

漁港だって、もっと立派な漁港はいくらでもあります。

お城があると言ったって昭和50年の復元城だし、もっと歴史があるお城は他にたくさんあります。

どれをとっても、特段他と差別化できる要素はありませんから、全国区にはなかなかなりえなかったわけですが、そこに走っているローカル線と組み合わせることで、現実問題としてわずか数年で全国区になったわけですから、これは昭和の国鉄形の威力であり、地域を巻き込んだいすみ鉄道の戦略であり、だとすれば、いすみ鉄道のやり方なら、モノも人も金もない全国どこの地域であっても、ローカル線をうまく使えば必ず全国区になるわけで、こういうことが今求められている地方創生ということなのではないでしょうか。

 

なぜならば、いすみ鉄道のような国鉄の特定地方交通線というのは、30年前に国が廃止すると言った鉄道を、国に逆らって地域の人たちが残した鉄道であって、駅の掃除や沿線の草刈りはもちろんのこと、毎年の赤字補填までして自分たちの力で自分たちが守って来た鉄道でありますから、今、そういう鉄道があることが、地域のプラスになって、地域の広告塔になれれば、鉄道を守って来た地域が少しでも栄えるのではないか。だとしたら、鉄道を廃止してしまった地域と、努力して残した地域とで、当然差が出ても良いのではないかと私は考えるわけで、とどのつまりは、ローカル線は使いようであるということなのです。

 

さあ、全国のローカル線沿線地域の皆様。今、まさに自分たちの行動力と力量が問われているわけで、それはここ数年で結果を出すことが求められています。地方創生というのはそういうことで、国が今、ばらまきと言われていますが補助金を蒔いています。でもそれは決してばらまきではなく、蒔いているのは将来への種なんです。

その種をきちんと育てることができるか、それとも、その種を食ってしまうか。それが地方に求められる力量です。

もし、育てられずに、もらった種を当面の糧として食ってしまうところがあるとしたら、もう次に種はもらえません。

その地域は、せっかくのチャンスを失うということ。これが地方創生です。

日本全国の田舎の地域が今後も生き残れる時代ではありませんから。

だから、ローカル線がある地域は、ローカル線を上手に使って、上昇気流に乗れるチャンスなんです。

 

来週はある道府県庁の交通政策部門からお招きをいただいております。地元のローカル線をどうしたらよいかというご相談です。

私にとって見たら、そのローカル線は宝の山です。ところが地域としてはどのように使ったらよいのかわからない。でも、今、いすみ鉄道でやっていることを目の当たりにして、そこにヒントを見つけられたのでしょう。

私はその地域の皆様方には以前から申し上げておりますが、いすみ鉄道が幕下から何とか這い上がってきた現在の「宇良」のような存在であるとしたら、そのローカル線は横綱です。

その横綱の価値を、ここへきてその道府県の偉い人たちが気づいたようです。

それは、ただ単に、「交通政策上」の価値ではなく、もっと他にいくらでも使い道があるという価値です。

そういうところは、私が知る限り、今、全国の7道府県に及んでいます。(千葉県を含めると8です。)

そして、おもしろいことに、それらの地域が抱えるローカル線というのは、すべて元国鉄なんです。

だったら、いすみ鉄道でやっている国鉄形や国鉄色が使えるじゃないですか。

つまり、昔懐かしいふるさとの鉄道を演出することで、全国区になれるし、地域も、その地域の特産品も全国区になれるし、モノも金も人もない地域だとしても、ありのままの姿で勝負できるのではないでしょうか。

 

そして、レトロとか、ノスタルジーというのは人間社会の中では普遍的なものですから、いつの時代にも通用する戦略だと私は思うのです。

 

国鉄からJRになって30年。

ちょうど今、ノスタルジーの対象として国鉄形や国鉄色がその威力を発揮できるチャンスが来ていると私は考えています。

そういう追い風を養分として、いただいた種をきちんと育て上げることができれば、田舎だって生き延びられる。

でも、その種を食ってしまっては、もうその地域は消滅する。

なぜなら、人口が減っているのですから、何もしなければ、消えて行くしかないのです。

 

国鉄形というのは、そういう意味で実に重宝する戦略の重要ポイントなのであります。

 

 

どうです。いい景色でしょ?

 

▲渡辺新悟さん撮影。

 

だって3月上旬で、山の中の終着駅の上総中野がこれだけ賑わうのですから。

でもね、これは夢でも奇跡でもありません。事実なんです。

だとすれば、日本全国どこの田舎にだって可能性があるはずです。

あとは、いらしていただいているお客様を、どうやって自分たちの収入に結び付けるか。

地域経済に結び付けるか。

それにはきちんとした戦略が必要なのですが、それができるかどうか。

これが地域に問われていることなのであります。

 

(おわり)

お江戸詣でで気づいたこと。

 2017.03.28 Tuesday 

ここ数日、都内めぐりのようにあちらこちらを歩き回りました。

 

そして、今更ながらのように気づきました。

 

東京は外人ばかりです。

 

でっかいスーツケースをゴロゴロ引いている姿や自動改札でつっかえて人だかりができているのは日常茶飯事。

快速電車のグリーン車に知らん顔して乗っていて、車内改札で「オー、マイミステイク。」ってのはどう見ても確信犯だね。

それよりもすごいのが、居酒屋さん、コンビニ、レストラン、駅の弁当売りにまで働いている人は外人ばかり。

たぶんほとんど中国人みたいだけど、駅のホームのニューデイズでネパール人のような人が働いているのには驚いた。

デパートの客単価3000円ぐらいのレストランでもウエイトレスは日本人じゃない。

この間までせいぜい牛丼屋さんかコンビニぐらいだったけど、かなりいろいろな部分にまで外人が働いているのに気づきました。

 

その理由は人手不足ですか。

 

少子化ですから学生の数も減っている。

外食産業を支えていたのが一昔前なら学生やフリーターだったけれど、景気回復の影響か、最近では外人が多くなってきていて、特にチェーン店で見かけることが多いような気がします。

ニューヨークへ行けば昔からタクシーやバスのドライバーは英語が通じないような人が多かったし、レストランにもそういう人がたくさんいましたが、日本もついにそういう時代に入ったという感がありますね。

 

世はダイバーシティー(多様化)の時代ですから、私は別に外国人が働くことにどうのこうのと言うつもりはありませんが、こうなってくると、やはり、鉄道なんか廃止にしたって高速バスで十分だとか、貨物列車などなくても高速道路を作ればそれで良いという時代ではないということだけは確かなようで、このままそういうことを今までと同じように追及していくと、弱いところ、誰も働きたくないところから人がいなくなりますから、それは都会のきつい仕事というわけではなくて、地方都市の灯が消えて行くというのとになるのだと思います。

なぜならば、高速バスや長距離トラックを運転する人がいなくなるからで、建設事業に従事する人もいなくなるし、すでに漁業や農業には多くの外国人が従事していますから、働く人もいなければ運ぶ人もいない状況になるわけで、そうなったら地方都市は維持していかれないからなのです。

 

昨日今日と、この国の偉い人とお話させていただく機会がありましたが、立場は違うお二人が同じことをおっしゃられていました。

 

「このままでは田舎の町が消えます。」と。

 

田舎にいると、自分の町のことだという感覚は持ちにくいんですが、やはり、間違いなく、今、皆さんが住んでいるその町が、がけっぷちの境目に来ているのだと思います。

 

やばいなあ。

 

私は日本中のローカル線と沿線地域を歩いていますが、どこへ行っても、わかっていないならまだしも、わかっているのに何もしない人たちも多いからね。

 

「私は忙しいんです。」

 

二言目にはそう言うわりには、実際には何もしない方々が、日本全国どこの田舎にもたくさんいるのがとても気になるのです。

 

後になって振り返ってみると、今がその時だった、ということがきっとわかるのだと思います。

なぜ国鉄形なのか?

 2017.03.27 Monday 

今日は週刊誌の取材を受けました。

 

「なぜ、今、国鉄形(国鉄色)なのでしょうか?」という内容の取材でした。

 

この4月1日で国鉄が消滅してJRになってから30年になることで、いろいろ特集を考えていらっしゃるのかもしれませんが、国鉄形(国鉄色)についてはやはりいすみ鉄道でしょう、ということで取材していただいたのかもしれません。

 

この間から書いておりますが、30年経つと世の中が変わります。

その理由は社会を構成している人間が入れ替わるからで、30年経つと30歳の若造が定年を迎え、40歳のバリバリ中堅社員がすでに年金生活に入っているわけで、かつての中心世代が社会から引退してしまって、新しい人たち、つまり、30年前に中学生だった人たちが40代半ばになって、社会の中心でバリバリ働くようになるからです。

国鉄がJRにとってかわられた最大の理由は、表向きには赤字の解消ということになっていますから、JRに変わった当初は、できることは何でもやって増収に努めて行きましょう、という方針で活気に満ち溢れていたのですが、30年が経過して、その当時の中心人物はとうの昔に第一線を退き、「別に鉄道には興味ないけど、インフラ系だから安定しているし。」というような理由で入ってきた人たちが会社の中心になりましたから、働いている職員からは鉄道に対する情熱を感じることは少なくなりましたし、「そんな余計なことをやって、何かあったらどうするんだ。」という意見が主流になりますから、車内販売なんか利益が出ないし、鉄道事業そのものもできれば縮小して、他にもっと儲かることをやりましょうよ。と、誰が見てもそう感じる会社になっているのです。

 

これは、ある意味自然現象のようなもので、そう考えると、今の鉄道博物館は30年前と違って単なるお金儲けの施設でありますから、その施設に入りきらなかったり、人気のないような車両は、どんどん解体してしまうというのも会社の姿勢として実によく理解できるのです。

博物館というのは、もっとアカデミックな施設であるはずなんですが、例えばパリの美術館が、収蔵しきれない絵画や彫刻を、不要だからとか、二つあると希少性が下がるからという理由で処分してしまうようなことをやっているのと同じことだと、見る人が見ればそう思うのですが、そんなことはお構いなしというのが、今の各社に共通する現象なのであります。

 

さて、大きい会社はそれでもよいかもしれませんが、小さい会社はそうはいきません。なかなか新しいものを買うこともできませんから、今あるものをどうやって有効に活用していくかと考えるのが小さな会社のやることなのであります。

だから、その小さな会社にしてみたら、大きな会社が捨てるものを格安に譲ってもらって、それを活用していかなければならない宿命にあるのですが、つまり、乞食のようなことでも平気な顔してやらなければならないのが小さな会社なのでありますが、幸いなことに、30年が経過して世の中が大きく変化していますから、私から見たら、落ちているものや捨てるものを拾ってきたとしても、実に立派に商売ができるようになったと感じるのです。

ひとことで言えば、それがいすみ鉄道で展開している「昭和の国鉄形」なのであります。

 

日本には保存鉄道というのが法律の枠組みとしては存在しませんから、なかなかふつうの人に保存鉄道というものを理解していただくのは難しいのですが、鉄道博物館というのはあくまでも死んだ状態のはく製のような車両を展示しているところであるのに対し、保存鉄道というのは、生きている車両、活躍している車両を、その当時のままの状態で走らせているところであり、いすみ鉄道の沿線風景を見ると、風景全体が昭和そのもので、その中を昭和の国鉄色のディーゼルカーが走る姿は、保存鉄道ではありませんが、情景丸ごと保存鉄道のような雰囲気が楽しめるところとして、沿線の風景も引き立ちますから、私は価値があると考えているのです。

 

 

 

だってほら、最高でしょう。

上総中野の渡辺新悟さんが撮影された写真ですが、これ、イベントじゃなくて、時刻表に載っている誰でも乗れる列車なんですから、価値がわかる人には、この価値がご理解いただけるというもので、こういう世界をありのままに見せるだけで、いすみ鉄道は全国で知らない人がいないぐらい賑やかな観光鉄道になることができたのですから、国鉄形車両や国鉄色というのは、日本の田舎の鉄道にとって、実にありがたいツールなのだと私は考えるのであります。

 

(つづく)

雨もまたよし。

 2017.03.26 Sunday 

今日は雨降りの一日でした。

冬に逆戻りしたような冷たい雨でしたから、春雨じゃ、濡れて行こう。と流ちょうなことを言ってられる温かい雨ではありませんでしたが、それでも、雨の日は雨の日で、それなりの良さがあるというものです。

 

菜の花のピークの時期に、雨に降られてしまえば、お客様の数も少なく、売り上げも今一つではありますが、それでも国吉駅のタコ飯弁当はお昼には売り切れましたし、列車にもかなりのお客様にご乗車いただきました。

 

 

向こうの山に雲ができかかる水墨画の世界のような国吉駅。

 

そこへ急行列車が到着。

今日は雨の日スペシャルでヘッドマークは「うち房」

雨の日には普段と違うマークを付けて走るいすみ鉄道乗務員のサービスです。

カケス団長が雨のホームで駅弁を持って待機。ご苦労様です。

 

雨とはいえ、お客様はホームにあふれます。

この13時の急行列車で駅弁もポップコーンも売り切れました。

 

反対側の線路にはドコモの「いすみらい美術館列車」が到着。

2両編成でもほぼ満席でした。

 

キハの足元を見ると、ホームと線路の隙間から菜の花が顔を出しています。

雨ニモマケズ

根性菜の花ですね。

 

ほら、こんなところに根性菜の花が咲いています。

 

どうして国吉駅の菜の花ってこんなに根性があるのか知ってますか?

 

最近いすみ鉄道を知った方はご存じないと思いますが、国吉駅の菜の花って、スペースシャトルで宇宙へ行った菜の花の子孫なんです。

スペースシャトルで宇宙へ運んで、宇宙で数か月間滞在した菜の花の種をもらったのが2011年9月。

その年にその種をまいて、翌年咲きまして、その花の種がまたこぼれてどんどん広がって、今に至っているわけです。

 

2011年9月9日の私のブログ ←ここをクリック。

 

だから、他の菜の花の種と比べたら気合が違うんですよ。

 

これが国吉駅の根性菜の花のいわれです。

 

皆さん、本当の話ですからね。

 

だから4月の中旬がチャンスなんです。

 

何がチャンスかというと、花が終わって種を付けたころに国吉駅にやってきて、種が入った鞘を2つ3つもぎって持って帰れば、皆様のおうちに宇宙帰りの菜の花の子孫が増えるのですからね。

 

菜の花の花が終わってしばらくしないとだめですよ。

 

たぶん4月の中旬以降だと思います。

 

いすみ鉄道はあまりいろいろとやかく言いませんから、鞘をもぎって少しぐらい種を持って帰るのは目をつぶっていますからね。

 

ローカル線ですから、そういうのも良いのではないでしょうか。

 

本日は千葉県知事選もありましたが、現職当選のようですし、「雨もまたよし」ということで。

 

おやすみなさい。

いすみ鉄道 なう。

 2017.03.25 Saturday 

このところ、良い天気が続きましたので、沿線はすっかり春の装いです。

 

上総中野の渡辺新悟さんの作品をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

素晴らしい景色が広がっています。

 

明日は千葉県知事選挙の投票日です。

 

県民の皆様は忘れずに投票へ行きましょう。

 

この素晴らしい景色を守るためにも。

 

でも、だからと言って、投票用紙に私の名前を書いてはいけませんよ。

私は立候補しておりませんから。(笑)

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