いすみ鉄道 社長ブログ
いすみ鉄道のようなローカル線は、鉄道会社といっても零細企業です。
こういう小さな会社は、社長が何を考え、どういうポリシ―や方向性で進んでいるのかを皆さまに直接お伝えし、ご理解いただくことが大切だと考えています。
このブログでは、地元の情報やイベントなども併せて、「いすみ鉄道の今日」をお伝えいたします。
どうぞお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
こういう小さな会社は、社長が何を考え、どういうポリシ―や方向性で進んでいるのかを皆さまに直接お伝えし、ご理解いただくことが大切だと考えています。
このブログでは、地元の情報やイベントなども併せて、「いすみ鉄道の今日」をお伝えいたします。
どうぞお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
- Calendar
- New Entries
-
- 本屋さんへ直行せよ! (05/16)
- あれから40年! (05/15)
- 引越ししました。 (05/14)
- 伊勢えび特急 1回目 運転 (05/13)
- 本日の貸し切り列車 (05/12)
- Categories
- Archives
-
- May 2012 (16)
- April 2012 (31)
- March 2012 (33)
- February 2012 (31)
- January 2012 (33)
- December 2011 (33)
- November 2011 (31)
- October 2011 (35)
- September 2011 (36)
- August 2011 (34)
- July 2011 (42)
- June 2011 (31)
- May 2011 (33)
- April 2011 (37)
- March 2011 (44)
- February 2011 (20)
- January 2011 (26)
- December 2010 (31)
- November 2010 (17)
- October 2010 (37)
- September 2010 (34)
- August 2010 (26)
- July 2010 (23)
- June 2010 (31)
- May 2010 (33)
- April 2010 (28)
- March 2010 (27)
- February 2010 (25)
- January 2010 (19)
- December 2009 (29)
- November 2009 (23)
- October 2009 (24)
- September 2009 (20)
- Profile
-
あれから40年!
2012.05.15 Tuesday
-
キミマロさんではありません。
今日で沖縄返還、本土復帰から40年ということです。
私の小学校の同級生に上原君という人がいました。
上原君はお父さんとお母さんが沖縄の出身でした。
とても運動神経が良く、活発で、私など足元にも及ばない運動の達人でした。
走るのも、サッカーも、野球も、何をやらしても抜群でした。
小学校に入学したのが昭和42年ですから、沖縄はまだ返還前で、外国でした。
とても遠いところというか、想像もできないところでした。
あるとき、上原君が夏休みに沖縄へ帰ることになりました。
「沖縄ってどうやって行くの?」と尋ねると、鹿児島まで汽車で行って、そこから船に乗ると言います。
「へえ、じゃあ『はやぶさ』に乗れるんだ。」と言うと、特急じゃなくて急行列車だよって答えました。
まだ小学校低学年で、時刻表を読み始める前でしたから、鹿児島へ行く急行列車が何だかも、どんな車両かもわかりませんでしたが、今思えば東京駅を10時ちょうどに発車する「桜島・高千穂」あたりだったのだと思います。
寝台特急の「はやぶさ」なんて当時、ふつうの人が家族連れで乗ることなどは一般的じゃなかったのかもしれませんし、第一、切符が取れなかったと思います。
「桜島・高千穂」号だとすれば、翌朝に着く門司の駅で鹿児島本線廻りの「桜島」と日豊本線廻りの「高千穂」が切り離されて分かれて西鹿児島に向かう列車ですが、当時のことを考えれば、九州内はC59やC60といった蒸気機関車に引かれていたのでしょう。
東京から一昼夜(一晩ではありません、24時間です。)かけて鹿児島まで行って、そこからさらに船に乗るのですから、片道3日、往復で1週間かかる大旅行です。
2学期になって上原君が学校に出てきたときに、沖縄の話を一生懸命聞いたのを覚えています。
それに何より目の前にいる上原君が、実際に汽車と船を乗り継いで沖縄へ行ってきたということに「こいつは何てすごいやつなんだ。」と軽い嫉妬を覚えたものでした。
沖縄というのはそれだけ遠いところ、想像もできないところだったわけです。
その沖縄が6年生になったときに日本に返還されました。
お父さんお母さんが沖縄出身で、クラスの誰もが行ったことがない沖縄に行ったことがある上原君はクラスの人気者で、本当にスターのように見えました。
今日はあの日から40年経ったということなのですね。
上原君とは卒業してから会うことも無くなり、今どうしているかはわかりませんが、私は私なりに沖縄を理解しようと、今では年に3〜4回も沖縄を訪ねる人間になりました。
報道を見ていると米軍基地のことや経済格差のことなど、沖縄を取り巻く様々な難しい問題がクローズアップされていますが、私はそういう報道ではなく、自分の肌で感じる生の沖縄に接することが勉強だと考えていますし、とにかく自分の目で見ることが大切だというのが基本ポリシーですから、どれだけ理解できるかはわかりませんが、自分の足で出かけてみているのです。
今では飛行機で日帰りも可能になり、40年前とは距離感が全く異なりますが、やっぱり自分で足を運んで、自分の目で見てみると、何か違ったものが見えてくるような気がします。
確かにエトランゼとしては「うわべ」だけしか見ることはできないかもしれませんが、少なくとも私は沖縄に対する偏見などありませんし、「おじい」や「おばあ」からいろいろなことを教わっている気がします。
沖縄には私たちが忘れてしまったような時間の流れや、人への思いやりなどがたくさん残っていることをとても感じますし、だから、疲れてくると何度でも行ってみたくなるところなのです。
皆さんもぜひ自分の足で、目で、そして舌で確かめてください。
私は今から風呂に入って、その後「久米仙」を味わいます。
これが1日で一番幸せな時間なのです。 - Posted by: 鳥塚 亮 | いすみ鉄道社長 | 20:40 | - | -
-
伊勢えび特急 1回目 運転
2012.05.13 Sunday
-
本日はいすみ鉄道の「伊勢えび特急」の第1回目が運転されました。
伊勢えびの鬼がら焼きにサザエの壺焼きが入った懐石お料理を新緑の景色を見ながら走る列車の中でお召し上がりいただく「伊勢えび特急」は、いすみ鉄道からのプチお土産も付いて、ご参加いただいた皆様にたいへんお喜びいただけました。
皆さん食べる前に宝石箱のようなお料理の写真を撮られたり、お品書きとお料理を見比べたりと、ご満足いただけたことと思います。

ブログ用にとお断りして1枚パチリ。
この伊勢えび特急、20日、27日に運転いたしますが、完全予約制となっております。
20日はすでに満席、27日は後3席空きがある状況です。
特製ヘッドマークが付いた列車は、上総東駅でキハ52の急行列車(急行2号)とすれ違いますので、ツーショットの撮影チャンスです。
- Posted by: 鳥塚 亮 | ムーミン列車 | 18:13 | - | -
-
臨時列車運転のお知らせ
2012.05.11 Friday
-
5月のこれからの臨時列車運転のお知らせです。
【キハ52】
臨時急行 1〜4号
運転日 5月中の土日(上総中野方面への運転はありません。)
貸切列車 90・91D
運転日 5月15日
貸切列車は片側のみ「房総の休日」のHMで走ります。たぶん。
【いすみ200型】
伊勢えび特急
運転日 5月13・20・27日
運転列車 17D (大原→上総中野)に前部併結
送り込み回送で14D後部併結(大多喜→大原)
返却回送で18D後部併結(上総中野→大多喜)

伊勢えび特急(17D)は写真のヘッドマークを付けて走ります。
なお、伊勢えび特急へのご乗車は予約制です。
13日のご予約は閉め切りました。
20日はすでに満席となりました。
27日はあと7席残っています。
いすみ鉄道のWEB SHOPからお申し込みください。
皆さまのご訪問をお待ちいたしております。 - Posted by: 鳥塚 亮 | 鉄道情報 | 16:30 | - | -
-
滑走路ビュー
2012.05.09 Wednesday
-
日本全国どこへ出かけても気が休まらない私。
なぜなら、鉄道会社の社長と鉄道DVD制作会社の社長をやっているので、鉄道が走っていると、列車の時刻が気になるし、カメラを持って撮影に出かけたくなるから。
だから、完全なオフを取るためには沖縄の、それも離島に来るしかないわけです。(本島にはモノレールがある!)
そして、ビジネスプランをゆっくり考えたり、客観的に自分を見るなど、充電をするわけですが、そう思ってやってきた南の島で滞在したホテルは真正面に滑走路が見える部屋。
つまり、ランウエイ・ビュー。
朝から晩までいろんな飛行機がやってくる。
東京では見られない飛行機ばかりだから、気になってしょうがない。
鉄道がないところでも何だか休んだ気がしない、というか、ボーッとできないわけです。

そういえば、昔は離島便の操縦士になりたいと思っていたこともありました。
朝出かけて、夕方帰ってこれるパイロットってなかなかありませんからね。
青い海の上を飛んで、積乱雲や台風と戦って、そういう飛行にあこがれていたものですから、目の前の滑走路にブーンと音がするたびにカメラを持ってバルコニーに出る。
いちいち面倒だから、バルコニーに沖縄の飲み物を置いて、飛行機待ちの間に酔っ払って、爆音で目が覚めるのでした。

あっという間に休暇が終わり、明日は千葉へ帰ります。
ずいぶんと性能の良い急速充電なのです。 - Posted by: 鳥塚 亮 | いすみ鉄道社長 | 19:25 | - | -
-
ハッピーフライト
2012.05.08 Tuesday
-
沖縄の離島便
プロペラ機が主流の路線に時どき飛んでいるジェット便。
このジェット便にはゆったり座れるクラスJシートがついていて、でもこの区間にはクラスJが設定されていないため、追加料金ナシで座われるお得な便。
マニアならはずせないところですね。
インターネットで事前座席指定した席は2A。
なんとなく得した気分で搭乗口へ。
こういう離島のローカル便にはどういう人が乗るのか、今日はいったい何人乗るかなど、職業柄興味があるので、搭乗口横で搭乗の様子をウォッチング。
まずは優先搭乗。
「2歳までのお子様をお連れの方、妊娠している方、ご搭乗の際にお手伝いが必要とされる方。」というあれ。
子供連れも妊婦と思わしき人もいないけど、おじいとおばあが続々と乗り込んでいく。
えっちらほっちら、風呂敷包みを抱えて、ゆっくりと。
都会の便では見られないほほえましい光景。
続いて「ダイアモンド、エメラルド会員の皆様」どうぞ。
だいたい離島便に「ダイアモンド会員様」がいるとは思えないけど、搭乗口の女性は律儀にコールを繰り返す。
結局ダイアモンド氏は現れず、シーンとした2分間が過ぎて「一般のお客様どうぞ」。
機械を通る人を数えると40名ほど。160席に40人では厳しいなあ、と思いつつ、いよいよ最後かなというころ、私もゲートを通過。
ブリッジを通って機内に入ると、私の席であるはずの2Aにさっきのおばあが座っている。
あ〜、しょうがないなあ。
もう出発間際だし、おばあに席を替われとも言えないので、飛行機のお姉さんに「他の席に座ります。」とことわって数列後ろの「普通席」へ。
クラスJ席には座れないけど飛行時間25分の便だから別にどうでもよい。
それに普通席なら横にも前にも後ろにも誰もいないからと余裕の気分で飛行機はプッシュバック。
ところが地上滑走を始めたところで飛行機はストップ。
「この飛行機の前に離陸機が3機、着陸機が2機いますのでしばらくお待ちください。」と機長が申し訳なさそうにアナウンス。
離島便だし、別に急ぐ人は誰も乗っていないような飛行機だから、気にしなくてもよいのにね。
「本日の飛行時間は15分を予定しています。」と機長が付け加えてくれた。
いつもは25分かかるのに今日は15分で行くとは気合が入っている。
それでも結局、離陸したのがプッシュバックから25分後。
時刻表上で40分の飛行時間なのに25分を離陸までに使ってしまったジェット機は、一目散に島へ向かって急上昇。
いつもならしばらく上昇して水平飛行に移ると絞られるエンジン出力が今日は絞られる気配がなく、ゴーッと鳴っているままでシートベルト着用のサインが消える。
するとさっきの飛行機のお姉さんが私のところにやってきて、先ほどは申し訳ございませんと言いながら「何かお飲み物でもいかがですか?」と気を使ってくれる。
いつもは黒糖飴だけのこの区間で「お飲み物は?」と聞いてくるのはうれしいけれど、私は特別の客でもないし、他のお客様の手前もある。何よりのどが渇いていないので固辞すると、「それではごゆっくりとおくつろぎください。着陸まであと5分ほどですが」と言って客席の他のお客様を一回りして座席につくころに「ポーン!」とベルト着用のサイン。
「当機最終の着陸態勢に入りました。」
いつもなら左手に見える島影が右から見えてきた。
「なるほどね。」
この区間は洋上のウエイポイントと呼ばれる地点を通過して三角形の2辺を飛ぶのが通常のコースだけど、今日はまっすぐ飛んできたようだ。
そして滑走路の周りをぐるっと回って、いつもの滑走路「05」に着陸。
サッと地上滑走してスポットに着いたのは、離陸から17分後のことでした。
「すごいね、機長さん。まっすぐ飛んできた。」
そう思いながら考える。
飛行機って、まっすぐ飛べばよいのに、無線標識やウエイポイントを一つ一つ経由してジグザグに飛んでくるから、遠回りをしている。余計な回り道をしないでまっすぐに飛んでくれば時間も燃料も節約できるんだけどなあ。
アメリカやヨーロッパで実行しているRNAVと呼ばれるエリアナビゲーション方式なら、もっと時間も燃料も節約できてエコなのに。
早く日本も実行したほうが良いね。
おじい、おばあの後についてゆっくりと荷物受け取り場へ。
ほどなく回転テーブルが回って荷物がやってくる。
段ボール箱、発泡スチロールがぐるぐる回ってくる。
段ボール箱はバナナ、パイナップル。発泡スチロールはたぶん肉だろうな。
島のおじいやおばあが那覇から運んできたのは食料品。
生活路線なんだね。
アレレ?
気づくとそのダンボールや発泡スチロールといったおじいやおばあの荷物には、皆エメラルド、ダイアモンド会員の荷物につける優先引渡しのタグがついている。
さっき、搭乗の時には、一人もいなかったダイアモンド氏が、なんと到着地点にはたくさんいたのである。
なんだか良いね。こういうのって。
沖縄ってホッとする。
これだからやめられないね。
ローカル線にもこういうホッとするところがあれば、みんな喜んでくれるだろう。
そう思いながら、私の一週遅れののゴールデンウィークが始まりました。
- Posted by: 鳥塚 亮 | その他の話題 | 17:39 | - | -
-
昭和の情景シーン 再現
2012.05.07 Monday
-
いすみ鉄道は昭和の汽車旅をお楽しみいただけるローカル線です。
でも、昭和といっても64年も続いたわけですから、どのシーンを再現するかに的を絞らないと、何だか得体の知れないものになってしまいます。
そこで、私がいすみ鉄道でテーマにしているのが基本的には昭和40年代。
それも大阪万博が開催された45年からSLが全廃となった50年ごろまで。
今思えば、ある程度ハード面が豊かになって、ソフト面に移行しようとしていたこの時代が一番良かったような気がするからです。
その時代が私の原点であり、今の日本人の原点でもある気がします。
その時代の鉄道シーンが、原風景だと思うからです。
日本人が、とりあえず衣食住に事足りるようになって、レジャーやレクリエーションなどという言葉が一般的になったのもこのころ。
別に外国なんか行かなくても、汽車に乗って家族で遠出するだけで十分に楽しかった時代。
駅弁何て高級品だったから、家族旅行では決まってお母さんが作ったおにぎりを汽車の中で食べていたころ。隣の席の人が食べている駅弁がとてもおいしそうに見えて、いつかあれを食べてやろうと思っていた時代です。
そんな時代にターゲットを絞って昭和40年製のキハ52を導入して展開しているのが「いすみ1965」計画です。
昭和40年製のディーゼルカーが登場してから5年ぐらいしてちょうど世の中になじんできたのが昭和45年。
先輩格の10系もまだまだ主役として活躍していましたし、場所によっては蒸気機関車もごくあたりまえだった時代。
ボンネットバスもオート三輪もまだ普通に活躍していました。
そのころの時代に的を絞って展開しているのがいすみ鉄道の昭和の世界。
乗車券も急行券もその時代のものを再現しているのです。
悪口をいう人は、「社長の趣味だ!」というのも当然ですが、共感していただける人がある程度の人数いらっしゃれば、いすみ鉄道のような小さなビジネスは成り立つわけです。
ということで、昭和の情景シーンを今度も拡大していくために、いすみ鉄道では「車両オーナー」、「サポーター」を募集しています。
当面の展開としてはキハを3両にするのが私のビジネスプランです。
ご賛同いただける方は、いすみ鉄道のWEB SHOPからどうぞお申し込みください。
すでに会員になられている皆様には、そろそろ更新のお願いをする時期に来ています。
近日中にメールで更新をお願いいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
捨てる神あれば拾う神あり。
昔の人はよく言ったものです。
みんなで昭和の鉄道を再現するために、いすみ鉄道にご賛同くださいますようよろしくお願い申し上げます。
- Posted by: 鳥塚 亮 | 駅の話 | 20:07 | - | -
1/98pages>>



