そろそろですね。

 2017.01.21 Saturday 

1月もあっという間に下旬ですね。

 

何だかんだいって、やばいんですよ。

 

 

ほら、杉の木が赤くなってきているでしょう。

花粉が飛び始めているんです。

 

憂鬱な時期がこれからひと月、いやふた月続きます。

 

でも、そういうのも、ローカル線なんですね。

 

 

なんだかんだ言っても、良いですよ。

どうせ都会にいても花粉症には苦しむんですから。

 

今日は「能登路」のヘッドマークを付けて走りました。

 

いすみ鉄道は今日もキハやってます。

 

皆様どうぞお越しください。

需要の放棄

 2017.01.20 Friday 

昨日のブログで「需要の創造」という話をしました。

 

乗らないから廃止する、ではあまりにもバカ丸出しですよね。

自分たちは何もできませんと言っているのと同じことですから。

 

でも、私はJR九州のまわし者ではありません。

JR九州には友達がいますが、JR北海道にも友達がたくさんいますし、東日本にも、東海にも、西にも、四国にも、貨物にも友達がいます。

そういうことではなくて、国鉄からJRへ転換していく中で、「親方日の丸」感が抜けきらない風土があるのはある意味仕方がないと思うのですが、いくらなんでも30年も経っているのですから、いいかげん民間会社らしくなって当然だと思うのですが、現実問題として、逆に、どんどんお役所感が出てきているのが「アホじゃないの?」と思う中で、九州は、周囲から島会社とさげすまれていたにもかかわらず、きちんと上場した。そういうビジネスのヒントがあちらこちらにたくさんあって、ビジネス感としてはとてもお手本になるからなんです。

 

その1つとして、昨日話した誰も利用しない山の中の無人駅をどうするかということ。

なんだかんだとストーリーつけて、観光列車を走らせて、地元民を巻き込んで、しっかり観光地化したのがJR九州で、そういうことって、「需要の創造」としては、民間会社としては当たり前のことなんだということなんです。

 

では、他に何があるかというと、もう一つは「車内販売」。

昨今JR各社は車内販売を廃止していく傾向にあります。

例えば名古屋を発着する特急列車ですが、3時間以上乗る列車で、グリーン車を連結しているにもかかわらず、「車内販売はありません。どうぞご了承ください。」とアナウンスしているわけですが、車内販売だけじゃなく、車内の自動販売機も動かない。だったら、駅弁を買える駅で停車して便宜を図るのかといえば、そんなことはなくて、途中では食料調達できない。駅弁を買おうと思うと駅では1分も止まらない。にもかかわらず、途中の全然関係ないところで、「反対列車待ち合わせのために5分止まります。」なんてことをやっている。

別に名古屋を発着する列車だけじゃなくて、他の地域でも全国的に車内販売が乗っていない。

その理由は「売れないから。」

 

「売れないからやめます。」ということは、お客のせいだ! と言っているのと同じことなんです。

ではなぜ売れないからやめるのかといえば、車内販売は関連会社に丸投げで、JR本体は関係ない。

丸投げされた関連会社は、売り上げの中から人件費を出さなければならないから、売れなければやめる以外にないのです。

 

でも、乗車券と特急料金、そしてグリーン料金をお客様は払っているわけで、お客様としては、その料金の中には当然各種サービス料金が含まれていると考えるのです。

グリーン車なんだから、アテンダントがいて、飲食のサービスがある。無料じゃなくても良いから、3時間も4時間も乗る列車の中で、少なくとも食事の心配はしたくないのが本音でしょう。

にもかかわらず、運賃(目的地まで運んでもらう料金)の他に、特急料金と、車両によってはグリーン料金を払って乗っている車内で、何のホスピタリティーもないのが在来線の特急列車です。

 

特急料金は速達料金です。

グリーン料金はゆったり座席の料金です。

 

これが会社の言い分ですね。

 

では、本当に特急列車は速いのでしょうか?

ゆったり座席だけがグリーン車なのでしょうか?

 

答えは明白に「客離れ」という形で出てきています。

 

つまり、JRで行くよりも高速バスや飛行機の方が安いし、速い。

高速バスだって、今やコーヒーのサービスがある路線も多いし、飛行機はご存じのとおり、ホスピタリティーにあふれています。

つまり、需要を創造するどころか、放棄しているんですよ。

 

そんな中で、JR九州は20年以上前から「つばめレディー」というアテンダントを特急列車に乗せて、車内サービスを充実させる努力をしています。つばめレディーって、飛行機のCAさんと同じかそれ以上のクオリティーを求められるサービスで、きちんと本社が採用して教育して乗務させているのです。

新幹線ができるずっと前からですよ。山の中を走る2両編成の特急列車にもちゃんと乗っていて、車内販売はもちろん、途中停車駅での駅弁の取り次ぎ販売もきちんとやっている。

そういうサービスを20年以上きちんとやってきて、本社がノウハウを蓄積して、その結果として超豪華列車の「ななつ星」を走らせて、高い評価を受けているのです。

だから、「ななつ星」は半端ないんです。

 

ところが、おもしろいことに、「車内販売はやめます。」と言っている会社が、今度は豪華列車を走らせるらしい。

金の力にモノを言わせて成金趣味の車両は作ったけれど、どういうホスピタリティーでおもてなしするのか。すべて下請けに丸投げで、JR九州のような長年にわたるサービスの蓄積やノウハウが何もない会社が、どういうサービスをするのか。

お客様は豪華列車に乗せれば満足すると思っているのかな?

「座席がゆったりしているからグリーン料金がかかります。」

などとハード面だけで追加料金を取っている会社の、ホスピタリティーって、今から容易に想像できそうですよね。

 

つまり、車内販売を放棄して、サービスを放棄して、お客様に苦痛を与えることを当然だと思っている特急列車を運行している会社には、最高級の車両は作れても、最高級のサービスはできないんです。

こんなことは、明らかなんですよ。

 

自分たちで車内販売をやめるんだったら、沿線の事業者の中で、だれかやってくれるところを募集するなり声かけるなりするのが、お客様のサービスのために必要だと私は考えますが、列車の中や駅構内での営業権は自分たちにあるのだから、勝手なことはさせない! と息巻くだけですからね。

権利というのはきちんと履行して初めて主張できるのであって、自分たちが権利を放棄するのであれば、他社の参入は拒めないんです。

そうやって、特急列車が走らなくなって、普通列車も減便されて、自分たちではもうできませんと宣言するのを待って、たっぷり渡してある国鉄からの手切れ金を返還させて、そのお金で、楽しい列車を走らせてくれる会社を作って、お客様に選択していただく。

オープンエアならぬ、オープンレールの時代は、もうすぐそこまで来ていると私は考えています。

 

だって、同じ新幹線なら東海の車両よりも九州の車両に乗りたいですから。

 

まあ、私がここまで言えば、「あの野郎、ふざけやがって。」と各社の幹部の皆様方も真剣にサービスというものをお考えいただくきっかけになるかもしれませんから、30周年を前に、どんどん親方日の丸色が濃くなっている皆様方に、ぜひ奮起していただきたいと思うのであります。

 

何しろ、30年前に、お父ちゃんが新しい生活を始めるにあたって、「お前は連れて行かれないよ。」と言われ捨てられた子供としては、「お父ちゃん、僕だってがんばってるんだぜ。」と自己主張するのは当然だと私は思うのであります。

 

たぶん、お父ちゃんとしては、まだ生きていたのか? ということなんでしょうけどね。

 

そういうことを、きちんと申し上げるのも、私の使命だと考えております。

 

乗らないから車内販売をやめる。

車内販売がないと、もっと乗らなくなる。

 

こういう負のスパイラルを作り出すのは、お父ちゃんの得意技ですから、捨てられた子供から見たって、お父ちゃんが不憫に思えるのです。

 

「あいかわらず馬鹿だなあ、お父ちゃんは。」

 

捨てられた子供の独り言ですから、皆さんは聞き流してくださいね。

 

そういういすみ鉄道は、急行1号の指定席のお客様に、無料の朝食サービスを実施中です。

運命の分かれ道

 2017.01.19 Thursday 

この春で国鉄からJRになって30年です。

 

今から30年前に、国は鉄道の運営を放棄し、民営化することを選択しました。

私が以前に勤めていた航空会社も、今から30数年前に国営航空から民営化した会社でしたが、1980年代というのはそういう時代だったんですね。

つまり、自分たちでどうにもならなくなって、もてあましたもんだから、何でも民営化すれば当面の課題が片付くと思っていたのが当時の国の偉い人たちで、国鉄といえば赤字だけではなくて、労働問題に手を焼いていて、一週間も力づくで鉄道を止めて、「俺たちが働かなければ、国民生活はマヒするんだ!」などと声を大にして叫んでいる連中に国の生命線を握らせておくことはできないという判断で、単に民営化すればよかっただけのものを、全国を6つにバラバラにして、さらに旅客と貨物に分けるという、わざわざそこまで細分化したのは、一言で言えば組合という組織の弱体化を狙った以外の何物でもなかったわけです。

当時は三公社五現業と言って、国がいろいろ直接的な仕事をやっていて、国鉄の後には電電公社や郵政、専売公社(現JT)などの大きな組織の民営化も控えていたものだから、国としては国鉄の民営化は何とか成功させなければならなかったわけで、つまりは成功事例を作る必要がありましたから、東日本と東海と西日本には新幹線を持たせたんです。

新幹線は、誰が考えたって絶対に儲かるシステムになっていますから、本当は新幹線会社を別会社にして、そこから上がる利益で国鉄の赤字をせっせと返済していくのがどう考えてもスジなのですが、成功事例を作りたいもんだから、本州3社には新幹線を持たせたのです。

そうしたら、本州3社は、当然、儲かる新幹線に力を入れて、在来線はどうでもよくなって、今の現状に見られるように、在来線には全く力を入れず、挙句の果てには並行在来線は地元に負担させて、自分たちは儲かる新幹線だけに専念しているわけで、国鉄の借金を国民に負担させておいて、さらに儲からない路線も国民に負担させるという、「民間会社」としては考えられないことを、さも当然のように行っている民間会社に成り下がっているわけです。

 

今まで、こういうことをはっきりと言う人は、たぶんいなかったわけですが、その、民営化のために切り捨てられたローカル線の一つを何とかしなければならない立場にあるいすみ鉄道の社長としては、国の偉い人たちが何と言おうが、当時の経緯も議論もみんな記憶していますから、「だったらどうして新幹線を別会社にしなかったんですか?」と質問したら、誰も答えられないことも知っていますし、だったら、棚ボタで新幹線を持たせてもらった会社は、もっと謙虚になって、少なくとも地域のために奮闘努力するのが、国鉄の借金を国民に押し付けた民間会社が取るべき正しい姿ではないかと考えるのです。

 

さて、本州3社はそれでよいとして、島会社とさげすまれていた北海道と四国と九州はどうなのでしょうか。

四国はともかくとして、北海道と九州は、30周年を迎えるにあたって、本当に明暗が分かれましたね。

片や株式上場にこぎつけて、片や破たん寸前になっているわけですから。

 

では、この違いはいったいどこにあったのでしょうか。

同じように国鉄から分割されて、同じように国から手切れ金をたっぷりもらってスタートしたのに、どうして九州と北海道でこのように歴然とした差がついてしまったのか。その運命の分かれ道はどこにあるのか。

このごろの私は北海道の鉄道を何とかしなければ、という会議にも出させていただいているものですから、そんなことを考えてしまうのです。

 

さて、いったいどこに運命の分かれ道があったのでしょうか。

 

九州は適度な面積に適度な人口がある。

でも北海道は面積が広い割には人口が少ない。

 

九州は都市間交通の需要があるのに北海道はその需要がない。

 

北海道は雪が降るからその対策費が膨大である。

 

などなど、いろいろ地域の違いによる特性の違いもあると思います。

 

でも、私は、根本はそんなことではないと思います。

 

なぜなら、地域特性というのであれば、九州は毎年台風の被害を受けています。

九州横断路線の豊肥線などは、JR化後の30年間に何度も台風や大雨でやられて長期間運転できない日が続く経験をしていますし、今、今日現在でも一部区間が不通になっています。

 

行政区分も九州は7つの県ですが、北海道は1つの道だけです。

だから、交通政策も北海道の方がはるかにやりやすい。

でも、その割には、例えば道内の航空もきちんと体系化されていない。

札幌を中心とした道内航空は、丘珠空港からのプロペラの小型機だし、東京や大阪、あるいは海外から到着したお客様が、千歳空港で乗り換えて道内各地へ行かれる体系にはなっていないんです。

釧路や網走、稚内といった道内各地の人たちは、札幌へ行くよりも東京へ行く方がはるかに行きやすいようになっていて、例えば釧路から札幌へ戻ろうと思ったら、釧路空港を18時に出ないと札幌に帰れないのに対し、東京便の最終は20時ですから、釧路の人にとったら札幌よりも東京の方が利便性が高いわけです。

もちろん列車で札幌へ行くとしても19時が最終ですから、どうしたって道庁がある札幌へ行くよりも、東京の方が身近なんです。

だから、ストロー現象ではありませんが、北海道の経済が皆東京に吸い上げられてしまうわけで、これは、北海道の総合交通政策ができていないからなんですが、でも、北海道の総合交通政策はさておいて、JR北海道の問題はそういう所にあるわけではなくて、私としては、JR北海道とJR九州の運命の分かれ道はいったいどこにあったのかというと、実は全く別なところにあったのだと思うのです。

 

では、それはどこにあるかというと、「利用客がいない駅をどうするか。」という所だと思うのです。

 

JR北海道は、利用客がいないから駅を廃止します、というようなことを今もせっせとやっている。

誰も乗らないんだから、駅が無くなるのは地元の皆さんの責任ですよね、などと言わんばかりです。

この春の改正で釧網本線の五十石駅が廃止されるようですが、廃止の理由は、その駅を利用している高校生が卒業して利用者がいなくなるから。

ということは、JRとしてはちゃんと地域の需要を考えているわけなんですが、その程度のことで駅を廃止にするという発想が、私から見たら貧弱なんです。

 

ところが、JR九州は誰も利用者がいない駅を廃止するどころか逆に利用している。

例えば肥薩線の人吉ー吉松間には真幸(まさき)、矢岳(やたけ)、大畑(おこば)という3つの駅があるのですが、どの駅も利用客はほぼゼロ。

でも、利用客がほぼゼロの過疎地の駅って、都会の人から見たらとても魅力的なんです。

つまり、利用客がゼロの駅を観光地にしているのがJR九州で、利用客がゼロの駅を、利用しない地元の責任だということで廃止にするのがJR北海道なんです。

この考え方の違いが北海道と九州の運命の分かれ道だと私は思います。

 

なぜなら、民間企業の基本中の基本は「需要を作り出すこと。」

 

利用客がいないから廃止にする、という考え方は、需要を作るという点においては全く無能なんです。

つまり、民間企業としての基本的スタンスができていない。

これが北海道がダメになって、九州が上場できるという結果になったこの30年間の経営の分岐点だと私は思います。

 

なぜなら、私たち内地の人間からしてみたら、九州よりも北海道の方がはるかに魅力的で、行ってみたいと思える憧れの場所であるにもかかわらず、北海道の人たちにはそれができなかった。私たちのあこがれの北海道を、北海道の人たちがダメにしたということなのです。

 

 

JR九州、肥薩線の真幸駅です。

この駅は乗降客ほぼゼロの駅。

でも、これだけ賑わっています。

その理由は観光列車がこの駅で10分程度停車をするからです。

その停車時間を利用して、地元の人たちが駅構内で出店を開いていて、その観光列車のお客様が降りて物品を買いながら地元の人との触れ合いを楽しんで、時間になったらまた列車に戻って行ってしまいます。

だから駅の乗降客はゼロ。

でも、こんなに賑わっているし、地元の人たちの現金収入にもなっているから多少なりとも経済的効果もある。

 

こういうことを10年以上前からきちんとやってきているのがJR九州で、それに地元住民がちゃんと参加して協力しているのが九州の地域性なのです。

 

顕在需要なんてないんですよ。田舎ですから。

でも、そこに眠っている潜在需要をきちんと顕在化できるかどうか。

これは民間企業がやることなんですが、JR北海道は、それができなかった。

いや、やろうとしなかった。

ここが、運命の分かれ道だったのです。

 

 

いすみ鉄道の上総中野駅。

山の中の駅でも、今ではこういう光景が繰り広げられています。

 

ほとんどこの駅周辺の集落には何の用事もない人たちですから、駅の利用客としてはカウントできないと思います。

でも、これだけの人が来ている。

あとは地元の人たちが、目の前にいらしているお客様を自分たちのお客様にして、自分たちの経済を回すことができるかどうかが問われているわけです。

実際に、肥薩線沿線の皆様方は、10年以上前から継続してそういうことをやっているのですから。

 

これが需要を開拓することで、民間企業というのはこうして需要を開拓していくのが使命であって、それができない、またはそういうことを放棄するようであれば、会社としての存在を問われることになる。これがJR九州は株式上場できて、JR北海道は潰れそうになっているということなんです。

同じ親から生まれた2人の子供が、30年経って明暗がはっきりしてしまったと私は考えていますが、皆様お分かりいただけますでしょうか。

2月11日 ジャズ列車運転します。

 2017.01.18 Wednesday 

いすみ鉄道では2月11日に「ジャズ列車」を運転いたします。

 

これは、掛須団長率いるいすみ鉄道応援団の皆様方が企画したイベント列車です。

 

私は音楽はどうも良くわからないのですが、掛須団長が肝いりのジャズ列車。

フォークソング列車も、いすみ鉄道の音楽関係は、いつも掛須団長にお任せしておけば間違いないということで、今回も2部構成の2ステージでお届けいたします。

 

ワンドリンク、おつまみ弁当、いすみ鉄道乗車券付きでお一人様6800円

(子供料金の設定はありません。)

 

詳細については いすみ鉄道WEBサイトのジャズ列車運転について をご参照ください。

 

各回とも定員は30名様です。

 

すでにお申し込み開始しております。

満席になり次第締め切りとなりますので、ご希望のお客様はお早めにお申し込みください。

 

皆さまのご乗車をお待ちいたしております。

阪神淡路大震災から22年。

 2017.01.17 Tuesday 

今日1月17日は、阪神淡路大震災が発生した日です。

1995年ですから、あれから22年です。

 

私たちの世代にとっては1月17日というと「百恵ちゃんの誕生日」だったのですが、1995年以来、そんなことはすっかり忘れてしまいました。

実は、阪神大震災が発生する前月の1994年12月に、陰陽連絡の新路線として智頭急行線が開業しました。

私は開業と同時にデビューした「スーパーはくと」に乗って、震災のひと月ほど前に神戸を通っていました。

神戸から元町にかけて、高架線を走っている時、先行列車がつかえていたのか、スーパーはくとが減速してノロノロ運転になりました。

だからよく覚えているんです。

その時見た神戸の景色が、震災前に最後に見た光景でした。

 

1月17日に阪神大震災が発生したとき、当時私の勤めていた会社の大阪支店のスタッフが行方不明になりました。

職員名簿を見ると、住所は神戸市長田区。

一番被害が多かった地域です。

皆で心配していたんですが、数日経っても連絡がありません。

「もうだめか?」と皆さんあきらめムードになったころに、無事でいるのがわかりました。

避難所に何とか身を寄せていたのです。

「どうしてもっと早く連絡しなかったのか?」

人事担当者は怒っていましたが、私は「そりゃあ無理でしょう。避難所で混乱していて、若いからいろいろお手伝いもしていたんでしょうから。」と言いましたが、なぜなら、当時は今ほど携帯電話も普及していなくて、公衆電話は長蛇の列というのが災害時の当り前の姿だったからです。

 

助かった本人は、「いやあ、寝ていたら大きな揺れが来たので、東京は壊滅したと思ったんです。」と言うので、「なぜ東京が?」と聞くと、「だって、関東大震災が来る来るって言ってるじゃないですか。だれも神戸に大地震が来るなんて思っていないし。だから、神戸がこれほど揺れるんだったら、東京は完全に壊滅してると思ったんです。」と、東京の心配をしてくれていたのです。

無事だったから笑い話で済みましたが、あれから22年ですか。

 

その後、中越地震、鳥取地震、そして東日本大震災、昨年の熊本地震と、これだけ大きな地震がたくさん来て、そのために被災地に指定されて、被災者の方々が避難所暮らしを余儀なくされる。

体育館の床で毛布にくるまって、何週間も過ごすのが日本の被災者だとすれば、先進国って、いったい何なのでしょうか?

日本人の健康で文化的な生活というのは、世の中のシステムがすべて順調に稼働していることが前提で、電気やガスが停止したら全く役に立たないものばかりで成り立っているんです。

つまり、薄っぺらなんですよね。

 

例えば、日本の鉄道技術って世界一だと業界関係者は自負していますが、電気の供給や保安施設がすべて順調に稼働して初めて達成できる最高技術であって、そういう、日本特有のハイスペックが維持できるところは世界中であまりありませんから、開発途上の国では、そのハイスペックのあまり、使い物にならないんです。

大都市で活躍したJRの電車が東南アジアに送られて活躍していますが、実に数多くの車両が衝突事故を起こしたりして廃車になっています。ATSやATCといった保安設備が整っていることが前提で性能を発揮できる電車ですから、ATSがない国へ持って行ったら、ぶつかってばかりいるわけです。

その点、いすみ鉄道の初期車であるいすみ200形は、1両で運転できるし、冷房はついているし、線路さえあれば電気が来てなくてもどこでも走れてブラックボックスもありませんから、嫁入り先のミャンマーでは貴賓車両として使用されるほど重宝がられている。

つまり、スペックが低いんです。

それでも立派に活躍できる。

 

例えば田舎の暮らしは、家に井戸があるし、プロパンガスだし、少なくとも水道とガスが止まっても何とかなる。あとは小型の発電機が一台あれば、何とかなるんですよね。

都会のオール電化のマンションなんかだと、電気が止まったらさあ大変、ということになります。

 

だから、私は22年前の教訓をもとに、発電機を自宅に買ったんです。

飲料水は常に備えてあるし、食料も備蓄してあるし、風呂の水はすぐにトイレに使用できるようになっていて、車は瓦礫があっても走れる4WD。

こうして準備していれば、大地震が来て、電気が消えて、都市機能がマヒしても、我が家だけは明かりが灯って、温かい食べ物が食べられるわけです。

隣近所にも分けてあげられるし、助けてあげることもできる。

そう考えていたときに東日本大震災が発生しました。

 

幸いにして佐倉市は大きな被害は出ませんでしたが、停電でしばらく電気が点きませんでした。

計画停電にも悩まされました。

 

私は、今こそ準備してきたことが役に立つと思って、発電機の準備をして、エンジンをかけようとしたんです。

そうすれば、真っ暗な街中で、我が家一軒だけが、煌々と明かりが点くわけで、これこそが、事前準備をしてきた私の勲章ではないですか。

そう思って、嬉々として発電機の準備をしていたら、すぐ横で、天の声がしたんです。

 

「そんなこと、止めてください。電気なんか点かなくっても良いです。」

 

そう、カミさんの天の声です。

 

隣近所に恥ずかしい。

みんなの家が電気が消えているんだから、うちも点かなくても良いです。

そういうカミさんの天の声に、私の長年にわたる周到な準備は、全否定されたのです。

 

発電機は今でもありますから、町内会のお父さんたちが、お祭りの夜店に使うときにたまに借りに来てくれますが、それ以外の役に立つことはありません。

まあ、こういうものは役に立たないに越したことはありませんから、このままずっと使用しないことを願っているのですが、そういうスペックの低い家庭にしておくというのも、阪神大淡路震災から学んだ知恵なのであります。

 

阪神淡路大震災。

私にとって忘れられないのは、映画「寅さん」の最終作品、第48作「紅の花」のラストシーンは神戸の復興シーン。

震災から数か月の神戸で撮影して映画化したということは、寅さんも山田監督も、映画を通して何とか復興を後押ししようと考えていたのだと思います。

皆さんもよろしかったら、この作品、ぜひご覧になってください。

寅さん最後の作品ということもありますが、何度見ても涙が出ます。

 

今日は1月17日。

頭の中に、走馬灯のようにこの22年間が駆け巡った1日でした。

 

神戸もそうですが、東北も、熊本も、一日も早い復興を祈っております。

 

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