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機関車大好き! その2

 2017.05.11 Thursday 

機関車というのはなかなか使い勝手が悪い面があって、それがどんどん強調されて線路から追い出されてしまったというのが現状ですが、私は機関車が好きなものですから、どうしても加担したくなります。

だから機関車の良さをお話しする第2弾です。

 

例えば、ある程度の輸送量がある地方の鉄道路線の場合、輸送力が必要となるのはどうしても朝夕に集中します。

でも、そういう需要のピークに合わせて車両を揃えるのではどうしても経営的に見た投資効率が悪くなります。

なぜならば、朝のラッシュが終わったら、役目が終わった車両たちは、車庫へ戻って夕方の出番まで昼寝をするしかないからです。

朝夕6両編成で走る路線でも、日中時間帯は2両で十分だというようなところがあちらこちらにあります。

大都市付近であれば、始発から終列車まで同じように8両編成や10両編成を走らせていても、ある程度の需要があるかもしれませんが、それでも列車の運転間隔を開けますから、編成単位で車庫に入ってしまいます。

ちょっと郊外へ出ると、私の地元の千葉県を走る総武線や常磐線なども、朝夕は15両編成ですが、日中時間帯は11両だったり10両だったりして、つまりは需要に合わせて供給を調整する必要があるわけです。

田舎の路線で言えば、朝夕は6両編成でも日中時間帯は2両で十分というような路線は、朝の輸送が終わるとどこかのタイミングで4両を切り離して2両にする必要がありますから、切り離された4両は車庫に入って眠るわけです。

このようにして、様々な形で需要のピークに合わせて準備した車両たちが、おねんねしてしまう現象が起きます。

 

1両ずつにエンジンやモーターがついているようなディーゼルカーや電車は価格が高価ですから、その高価な設備をピークに合わせて準備すれば、日中時間帯には、その高価な設備が眠ってしまうわけで、私は、経営的に見たらこれはもったいないことだと思っています。でも、だからと言って、日中時間帯と同じサービスをラッシュ時に提供するわけにはいきませんから、この過剰設備というのはどうしても必要になるのです。

 

こういう朝夕の輸送にぴったりなのが、実は機関車が引く客車列車で、客車にはエンジンやモーターなどの動力がついていませんから、ディーゼルカーや電車に比べたらはるかに安い金額で製造できます。そして、1両の機関車で客車が3両でも6両でも引っ張ることができますから、需要に応じて供給を調整しやすく、なおかつ、日中時間帯におねんねしていても価格が安い車両であればそれほど気になりません。

実際に国鉄時代には朝夕のラッシュ時間帯に機関車がけん引する旅客列車が比較的長編成で運転されていて、日中時間帯は客車を切り離して短い編成にしたり、または日中時間帯には2両編成程度のディーゼルカーが走って客車は車庫でおねんねしていて、その間、機関車は今度は貨物列車を引いているなんてことが日常的に行われていました。

当時はまだまだ機関車が多く配置されていたことと、ディーゼルカーや電車は製造コストが高く、両数をそろえることに限界がありましたから、機関車が重宝がられていたのです。

 

でも、国鉄の末期からJRになるころには、日本の経済力もぐんぐん上がってきましたから、電車やディーゼルカーを新製配置して都市部のみではなく、どんどん地方へも配置していきましたし、そればかりではなく、例えば電化の延伸により余剰となったディーゼルカーを地方へ転出させ、地方に残っていた機関車を廃止にするという方法が取られて、機関車が引く列車というものが急速に消えて行ったのです。

 

それともう一つ、機関車が厄介者扱いされるようになった大きな問題があることを忘れてはいけません。

それは国鉄の労働問題です。

当時の国鉄にはいくつかの組合がありましたが、機関車の乗務員の多くが所属していた労働組合が一番過激で、当局側としては管理しきれなくなったのです。当時は国鉄ですから「国」が経営者です。簡単に言えば公務員です。ビジネスに関するポリシーや基本理念など持ち合わせていない人たちがほとんどでした。そういう人たちの集団が「お客様ファースト」などと言う考えをするはずがありません。「俺たちが働かなければ、国民がどれだけ困るか思い知らせてやる。」とばかりに、ストライキを繰り返して自分たちの要求を通そうとしました。特に機関車の乗務員たちは、一番お客様から遠いところにいたわけです。電車の運転士さんなら扉一枚隣にお客様がいますし、車掌さんも駅員さんもお客様に接する職業です。でも機関車というのは客車から隔離された存在で、簡単に言えば監視が届かない場所にありましたから、労働運動もどんどん激しくなっていきました。

国鉄ですから、そういう職員を管理する側も簡単に言えば公務員です。だから、自分たちの手に負えなくなった機関車の乗組員たちをどうにかしなければならない時に、「そうだ、機関車をやめてしまえばいいんだ。機関車の職場をなくしてしまえばいいんだ。」ということで、急速に機関車を廃止する方向に舵を切ったのです。

他の国ではまだまだ機関車が引く列車が活躍している中で、日本がどんどん機関車を廃止にすることを続けてきているのは、運用がしづらいとか、加速減速が悪いとか、そういうことはもちろんですが、自分たちの手に負えなくなった労働運動の元凶が機関車の職場にあるんだと断定したことから始まっているわけで、国鉄からJRになって30年近く経って、やっとその機関車の呪縛から解放されたというのが、私が見る機関車衰退の原因なのです。

 

ひとことで言えば、重宝でいろいろ使える機関車に厄介者のレッテルを貼って、廃止に追いやったのは、管理職員の人事管理能力の無さに発端があるということなのです。

機関車は何も悪くないんです。

 

だから、私は悔しいわけで、何とか機関車がけん引する列車を今後も走らせることができないかと、今でも真剣に考えているのです。

 

(つづく)

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