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記憶の崩壊

 2017.05.16 Tuesday 

最近は脳みそがアルコール漬けになっているせいか、記憶というものが崩壊しつつあります。

 

当然ですが、その崩壊は大昔の記憶から順番に始まっていて、近年のものはまだかろうじて崩壊しないでいるのですが、時間が進む速度より崩壊の速度が速くなってきている気がして、いずれ崩壊が時間の進行に追いついてしまうのではないかという恐怖に時として襲われるわけです。まあ、人生という時間は限られているわけですから、いずれそうなって「何もなかったこと」になってしまうのは避けられないことなのですが、最近、そういう自然の摂理に対抗する手立てとして、崩壊してしまった記憶を元通りに戻せないだろうか、というようなことを考えているのです。

 

50代以上の皆様方でしたらどなたも経験していらっしゃると思いますが、どうしても思い出せないということが徐々に増えてきています。思い出せないということは、思い出そうと考えるから思い出せないことに気が付くわけで、思い出そうとしなければ忘れていることにも気づきませんから、もしかしたら30代、40代の皆様方でも記憶の崩壊はあるのかもしれませんが、50を過ぎて60に近くなってくると、懐古趣味とでもいうのでしょうか、どうも昔のことが懐かしくなるもので、30代、40代の皆様方よりもより多い頻度で昔のことを思い出そうという努力をしてしまいます。まして昨今では昭和ブームも手伝って、昭和のことをいろいろ再現してみようなどということをいすみ鉄道でも展開しているわけですが、そうなるときちんと検証してみる必要性にとらわれます。でもって古いネガなどを引っ張り出してみるのですが、例えば「昭和50年、室蘭本線」とか「昭和52年、函館本線」などというネガを見てみると、「はて、こんな写真撮ったっけ?」というのが出てきたりします。でも、前後のコマを見ると、「ああ、確かに撮ったなあ。」とわかるわけで、つまり、記憶というのは崩壊したものがまるで割れてしまった陶器やガラス細工の破片のように、そこらへんに散らばっていて、それを一つずつ拾って組み合わせるという作業をしていくと、崩壊してしまった記憶がだんだんと蘇ってきて、なんとなく形になってくるわけで、それがある程度の形になると全体像が見えてくるというのが、自分の頭の中で展開されている作業なのでありますが、自分として実に興味深いのです。

 

実は昨日も札幌でこの「記憶の断片を拾い集めて繋ぎ合わせる」という作業をしてみました。

50歳を過ぎると新しい友達などなかなかできないのですが、最近ではありがたいことに不思議と新しい友達がたくさんできて、いろいろな所に出かけるたびに、「じゃあ飲みましょうか」と会合を設定してくれます。でもって札幌の友人に、「15日に行きますよ。」と連絡を入れたら、「それじゃあ」ということで皆さん集まってくれました。つながりはもちろん「鉄」。でも、ただの鉄ではなくて「昭和鉄」でありまして、札幌の雑居ビルの地下にあるちょっと怪しい中華料理屋さんで、皆さんで鉄談義です。

昭和の鉄ですからカシオペアとかシキシマなどという話は出ませんで、出る話といえば「大雪5号」とか「オロハネ10」といった話題ばかりなんですが、おじさんたちとしては、それなりに盛り上がるわけです。

でもって、松山千春の「足寄(あしょろ)一枚」(←クリックすると動画が出ます。)の話になって、「こんなの見たら泣いちゃうよね。」とか言って、夜行列車が定宿だった1970年代の北海道旅行の話になって、「ユースホステルに泊まるのはぜいたくだったなあ。」となるわけです。

 

そこで私の頭の中に、ふと、思い出したことがありました。

 

「あの、札幌駅のすぐ近くのユースに泊まったんですけど。」

 

私の記憶としては、札幌駅は地表駅で、桑園側に大きな踏切がありました。

その踏切を渡ってすぐのところに鉄筋のビルが建っていて、そこがユースになっていました。

ユースホステルというのは民家だったり木造だったりが多かったんですけど、そのユースは鉄筋で珍しかった。

なぜか知らないけど、入口が階段になっていて、その階段を上ったところが玄関口。

踏切からは札幌駅の構内がよく見えて、その時「なんだあれは?」と思った車両があった。

朱色一色で、見たこともない面構え。ピカピカなディーゼルカー。

一番北寄りのホームに停まっていたからたぶん札沼線。

ネットなどないから、あとになって雑誌で見て知ったけど、それがキハ40系を私がはじめてみた瞬間で、首都圏色というのを見たのもその時が初めて。

昭和52年(1977年)8月。

 

自分の頭の中にあるこんな記憶のかけらを拾い集めてみたら、一緒に飲んでいた友人が、「今でもありますよ! 行ってみましょう!」ということで連れて行ってくれました。

 

 

 

 

そこがここです。札幌ハウスユースホステル。(夜なので写真が暗くてすみません。)

2017−1977=40

実に40年ぶりにやってきました。

確かに階段があって、その先が玄関。

当時のユースホステル事情から考えると別格の鉄筋コンクリート建て。

ずっと泊まっていたかったけど、ユースホステルは3か月前から往復はがきで申し込むシステムで、1泊だけやっと取れたんです。

そして、その夜この宿で出た料理は確かステーキ。

久しぶりに肉にありついてうれしかった記憶もつながりました。

函館本線は高架になっていますからすでに踏切はありませんが、ここに間違いありません。

いや〜、うれしかったなあ。

40年という歳月が、繋がったのですからね。

 

釧網本線の茅沼駅にあるMYドーリン。

北海道のお友達の皆さん、ありがとうございます。

 

 

これは当時の網走駅。

常呂・佐呂間方面、19:23の中湧別行。

まさしく「足寄一枚」の時代。

やっぱり泣いちゃうな〜。

 

 

 

 

 

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