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記憶の修正。

 2017.05.19 Friday 

先日、記憶の崩壊というテーマでブログを書きました。

昔の記憶がどんどん崩壊していく中で、ふと気づくと崩壊した記憶の破片が落ちている。

その記憶の破片を拾い集めて繋げてみると、ある程度修復が可能で、崩壊したはずの記憶が不思議と蘇ってくる。

そんなことを書いたのですが、今日はまた別の話。

「記憶の修正」について。

 

実は私、小学校5年生の時に初めて大型時刻表を買いました。

1972年、昭和47年3月号。

山陽新幹線が岡山まで延伸開業したときの白紙ダイヤ改正号が、私が初めて買った大型時刻表。

当時の金額で250円でした。

それまではポケット時刻表というのを昭和45年と昭和46年に1冊ずつ買っていて、100円でしたが、大型時刻表を買ってみて驚いたのが、全部の駅の駅名がひらがなで書いてあったんです。

これなら読めない駅名も全部読める。

ちょうど、親戚のおじさんが「みんなで京都へ行こう。アキラ、お前が計画を立てろ。」と言われまして、小学校5年生として見たら、そりゃあ大旅行ですから、もう毎日、時刻表と首っ引きで、どの列車に乗ろうかと考えたのですが、それが私が時刻表を「読書」することになった始まりです。

 

さて、毎日時刻表を読書していると当然書いてあることを覚える。
何を覚えるかといえば、ひらがなで読めるようになった駅名が頭の中にスラスラと入ってくるのです。

 

ふじさわつじどうちがさきひらつかおおいそにのみやこうづかものみやおだわらはやかわねぶかわまなづるゆがわらあたみ。

 

とまあこんな感じです。

 

そうなると面白いもので、静岡まで進み、名古屋まで進みと、京都へ旅行に行くころまでには京都までの駅名をそらんじていました。

でもって私が選んだ列車は急行の「銀河2号」。

当時すでに新幹線が当たり前になっていた時代に、寝台車で編成される夜行急行列車の一番後ろに2両だけ連結されていたスハ43系の座席車両でした。

当時の言葉で言うと「貧乏人専用車」。

10数両の寝台車の編成の一番後ろに2両だけ座席車が付いていたのですから、そう言われていました。

でも、親戚のおじさんファミリーも、文句ひとつ言うことなく、私が選んだ列車に一緒に乗ってくれましたので、今思い出してもありがたい思い出なのですが、初めて乗る夜行列車に小学生としては興奮して眠れるはずがありません。

窓の外に次から次にやってくる通過駅の駅名表が、何と面白いことに、私がおぼえた順番で、正確に一つずつ表示されるのです。

結局ほとんど眠れないまま京都に着いた私は、翌日の市内観光バスの中で爆睡したのでありますが、この経験が実に私の時刻表にのめり込むきっかけになりまして、駅名を覚えるということが日課になりました。

 

すると、あっというまに大阪を過ぎ、岡山を過ぎ、広島を過ぎて、

 

とのみほうふだいどうよつつじおごおりかがわほんゆらことううべおのだあさはぶおづきちょうふながといちのみやはたぶしものせき

 

と本州の西の果ての下関に到着。

すると、当然のように関門トンネルをくぐって九州に上陸。

 

もじこくらしんなかばるとばたえだみつやはたくろさきおりおみずまきおんががわえびつあかまとうごうふくまこがちくぜんしんぐうかしいはこざきよしづかはかた。

 

と博多に到着。

こうなるともう止まりません。

熊本を過ぎて、水俣を過ぎて、西鹿児島にまで到達しました。

当時の寝台特急「はやぶさ」と同じコースです。

すると今度は

 

りゅうがみずしげとみちょうさかじきはやとこくぶきりしまじんぐうきたながのだおおすみおおかわらきたまたたからべいそいちにしにみやこのじょうみやこのじょう

 

と日豊本線を上りはじめ、これまたあっという間に

 

やなぎがうらぶぜんぜんこうじあまついまづひがしなかつなかつみけかどうのしまぶぜんしょうえしいだついきしんでんばるゆくはしおばせかんだくさみしもそねじょうのみなみこくらにしこくらこくら

 

と九州を一周しました。

 

ちょうどそのころ、今度は山陰本線のD51が無くなるので乗りに行こうと計画を立てていましたので、では、山陰本線を上ってみようと考えまして

 

はたぶあやらぎやすおかふくえよしみうめがとうくろいむらかわたなおんせんこぐしゆたまうかほんごうながとふたみたきべこっといながとあわのいがみひとまるながとふるいちきわどながとし

 

と山陰本線もどんどん進んできて、

 

かめおかうまほりほづきょうさがはなぞのにじょうたんばぐちきょうと

 

と全通してしまいました。

 

毎日毎日時刻表を見て、こんなことを覚えている私を横目に、学友たちは一生懸命数学の公式を覚え、あるいは英語の単語を覚え、古典をそらんじて行ったにもかかわらず、私はそんなことは一切気に留めずに駅名の暗記に夢中になっていたわけでありますが、実に不思議なことなのですが、このような駅名の暗記も、高校生になるとだんだんと速度が落ち始めて、大学生の頃には全く頭に入らなくなってしまいました。

メモリが一杯になったとでもいうのでしょうか。

全く覚えられなくなりまして、覚えようという気にもならなくなりました。

 

そしてさらに不思議なことに、あれから45年も経過しているというのに、当時覚えたことは、今でも忘れずに覚えているのです。

 

これはなかなか便利なもので、日本中の地理がほとんどわかるようなものですから、大人になっても結構役に立っているのですが、ここで一つ問題があるのに気づくわけです。

 

それが「記憶の修正」です。

一度覚えた駅名は、その後変更になったりして修正をしていかなければならないのです。

 

例えば、私が駅名を覚え始めた昭和47年には新幹線が岡山まで開業しましたが、その3年後の昭和50年には博多まで伸びています。

私が山陽本線の駅名を覚えたときには、

 

くらしきにしあちたましまこんこうかもがたさとしょう

 

だったのですが、玉島が新倉敷駅になりましたので、

 

くらしきにしあち「しんくらしき」こんこうかもがたさとしょう

 

となるわけで、

 

はぶおづきちょうふながといちのみやはたぶしものせき

 

 

はぶおづきちょうふ「しんしものせき」はたぶしものせき

 

となりました。


これは昭和50年の話で私は当時中学3年生でしたから、頭の中の駅名を新駅名に置き換えることはできたのですが、その後国鉄がお客様を増やそうと全国各地に新駅をつくり、それがJRになってからも続きましたのですが、これが対応できないんです。

 

岡山近郊を例にとると

 

わけくまやままんとみせとひがしおかやまおかやまにわせなかしょうくらしき

 

が私の記憶なんですが、今は、

 

わけくまやままんとみせと「じょうどう」ひがしおかやま「たかしま」「にしがわら」おかやま「きたながせ」にわせかなしょうくらしき

 

となっているのであります。

 

こういうことが全国いたるところで起きていて、今となってはアルコール漬けの頭脳では修正することが不可能なのであります。

 

例えて言うならば、記憶というのがテキスト化されていれば、並び替えたり入れ替えたりも容易なのでしょうが、なんとなくPDFのようになっているのに気付くわけです。

だから、その一部分だけ修正することができないのです。

 

はてさて、どうしたらよいものか。

 

私は脳科学者ではありませんので、どうすることもできぬまま今日に至っているわけで、だからと言って遠いところの鉄道の駅名の順番など多少違っていても実生活に不便があるわけではありませんから、まあ、そのままにしているのであります。

 

多分、一生、このままなんでしょうけど、駅名だけじゃなくて、いろいろなことに「修正」がきかなくなっているわけですから、そう考えるとちょっとだけ焦るのであります。

でもって、そういう時は、やはり脳みそをアルコール漬けにするというのが、安心する一番の方法なんだと、アルコール漬けの脳で納得している今夜の私なのであります。

 

ご希望の方には、今度やってあげますね。

駅名朗読。

 

ところどころ飛んでるとはいえ、不思議と忘れないんですよねえ、これが。

 

でも、誰か修正方法をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。

 

よろしくお願いします。

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