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標準サイズの不思議

 2017.10.13 Friday 

日本人って標準とか平均とか好きですよね。

 

「両親と子供二人の標準家庭」とか「平均年収何百万」などと言うでしょう?

 

そういう風に聞くと妙に納得してしまうのですが、よく考えると、片親は標準ではないと言われているようで、片親の子から見たらなんだか引け目を感じるような気持ちになりそうだし、平均年収500万円とか言われたって、1000万の人もいるからそうなっているだけの話で、自分は300万しかもらっていない。など、たいていの人はそんなもんじゃないのでしょうか?

 

こういうことは横軸の標準で、今の時代の平均数値みたいなものですが、この標準を縦軸で見てみると時代の変化がわかりますし、標準や平均そのものが変わってきていることがわかります。

 

このあいだのみんしあの時、いろいろ古い車が集まってきているのを見ると私はいつも思うのですが、「小さいなあ。」って。

運転席の座席なんかとても小さい。今の人はこんな小さい車には乗れない人が多いでしょうね。

なぜこんなに小さいか。それは、こういう古い車が作られたときの標準サイズが、現代の標準サイズと異なっているからなんですね。

自動車のサイズや座席の大きさを設計するときには指標となるサイズがあるはずで、昭和30年代のサイズと今のサイズは当然異なるわけで、その理由は日本人の体格が大きくなっているからなんです。だから、昔は小さな自動車でも大人たちは何不自由なく利用していましたが、今では無理なんですね。

 

電車もそうですが、7人掛けとか8人掛けとか書かれていても、全員が大人の男性だったらその数通りに座るのはかなり難しい。国鉄時代の末期ごろからは、あえてちゃんと7人座れるように座席に目印をつけるようなことも行われてきましたが、そんなことをしたって無理なものは無理で、なぜかと言うと、昭和40年当時の日本人の座席の幅は40センチもあれば十分だろうと言われていたので、肩幅も考慮して国鉄では43センチと決めていました。でも、かれこれ50年も前の規格ですから、現状に即していないわけです。

にもかかわらず、標準とか平均が大好きな日本人は、座席定員通りの人数が座っていないと、今度はマナー違反だとマナー論争にすり替わっていくわけで、それだと根本が何も解決しないのです。

この間大阪環状線から引退するということで大騒ぎになっていた103系電車などもこの時代の設計ですから、そもそもが今では実情に合っていないのですからね。

 

いすみ鉄道のキハ52も「みんしあ」当時の設計ですから大柄な男性が4人で座ると少々窮屈です。

もし、JRで「輸送」としてキハ52を使用するとしたら、たぶんクレームが来ると思います。

でも、いすみ鉄道では輸送としてではなく、「体験」としてキハ52にご乗車いただいているのでありますから、誰もクレームなどしません。

「そうそう、この感じ。前の人とひざがぶつかってねえ。懐かしい。」

となるのです。

 

まあ、これは商売のテクニックの話ですが、同じ昭和のディーゼルカーでも隣のキハ28の方はと言えば、こちらは本来急行形車両として、別料金をいただいて、さらに長距離、長時間ご乗車いただく設定になっていますから、車体の幅を広くして、同じ4人掛け座席でも少しゆったりと作ってあります。車体の幅が広い分、下の方が絞り込んであるのはホームを避けるためで、キハ28の設計は特急列車に使われていた考え方を始めて急行列車にも応用した画期的なもので、私は産業遺産としての価値があると考えているのです。

 

このように、鉄道車両というのは半世紀も使用することが前提で作られましたから、その半世紀の間に人間の方がどんどん大きくなって「標準サイズ」そのものが変わって来てしまいましたから、現状には合わなくなっているんです。

でも、鉄道会社は座席のサイズはそのままで、「8人掛けにご協力ください。」と言ってきて、お客さんの方ももともと標準とか平均という言葉が大好きな日本人ですから、8人掛け座席を7人で座ってピッタリなのに、なんだかそれが悪いことのように、座る方も立っている方も気兼ねしながら電車に乗っているのではないかと私は考えています。

もっとも、8人座っても半数ぐらい女性が入っていれば何とか収まるのも事実で、それはなぜかと言えば、それこそまさしく平均だからなのでありまして、つまり、平均とはあくまでも計算上のことでありますから、それを根拠に現状を論ずることは、あまり意味がないと私は考えています。

 

さて、自動車や電車は、最近の車両では設計段階で日本人の体格の向上を考慮して作られているようで、通勤電車も新形になると一人あたりの座面スペースが昭和の車両に比べると2〜5センチ広くなっているようですが、これとまったく逆行しているのが航空会社で、飛行機の座席というのが、実は昭和の時代よりも狭くなってきているのです。

 

具体的に言うとボーイング777、通称トリプルセブンという飛行機がそうで、この飛行機の基本設計は横並び9席なのですが、日本の国内線では10席になっています。

昔に比べて飛行機に乗った時に「なんだか座席が窮屈だなあ。」と感じるのは、おデブになって腹がつっかえるからではなくて、実際に座席そのものが小さくなっているんです。

すでに国内線から引退したボーイング747、ジャンボジェットは横10席でしたが、ジャンボジェットの胴体は横幅6.1mでしたが、777トリプルセブンは5.8m。にもかかわらず同じ座席数を確保しているということは1席あたり3センチ幅が狭くなっているんです。

こういうことを最初にやったのが青い会社で、片方がやり出せばもう片方も始めざるを得ませんから、今では国内幹線に乗ると、実に窮屈で、日本人の体格が向上しているにもかかわらず、昭和の時代のジャンボジェットよりも座席を狭くしているのですから、こういうことを考案したのは、いったいどこの大馬鹿野郎だ。と思うのですが、これが先日ロードファクターのところでもお話しました、机の上でものを考えるのだけが仕事の人たちのやり方で、そういう人たちが次に何をするかというと、座席の背もたれの厚みを薄くして、「前後の間隔がゆったりしました。」なんてことを言っている。だから「快適な空の旅を」なんてことは、大きなまやかしなのです。

 

でも、大きな会社がそういうことを始めると、いつの間にかそれが標準サイズになってしまうのです。

 

どうして私がそんな風に考えるか。

その理由は、彼らはLCCではないからです。

レガシーキャリア(伝統ある航空会社)として、どうやってLCCに対抗していくかが求められている時代に、LCCと同じことをしているのですから、私はけしからんと考えるわけですが、敵もさるもので、前の方にゆったりした座席を並べて、「お客様に選択していただく。」などと言っているわけですから、なんだか航空会社のサービスも発想が貧弱になったなあと思うのです。

なぜなら、上のクラスでよいサービスを受けられるのは当たり前で、そういう考え方は「安かろう悪かろう。」なのです。

 

特別に追加料金を払ったらサービスが良いのは当たり前ですから。

鉄道会社は通勤電車で快適なサービスを提供する。

航空会社はエコノミークラスで快適なサービスを提供する。
これが基本だと思いますよ。

 

そして、鉄道会社は少しずつではありますが、通勤輸送が改善されて昔に比べたら快適になってきている。

なのに、航空会社は昔よりも窮屈になっている。

 

なんだかなあ、なのであります。

 

もう一度申し上げますが、これは何も私個人の体格の向上に起因する不快感ではありませんので、お間違えの無いようにお願いいたします。

 

 

暗くてよく写っていませんが、777の普通席です。

座席の幅を狭くしたら、通常は肘掛の内側に設置するライトやコールボタンがその場所では使えなくなってしまい、肘掛面に。

お客様が肘をつくたびにライトが点いたり「ピンポーン」とCAを呼んでしまう事態が発生。

そりゃ、あたりまえでしょう。

そんな人間工学を犠牲にしてまで、1席でも多く座席を設けたいというのは、LCCの発想なのです。

なぜなら、普通運賃はしっかりレガシーキャリアなのですから。

 

エコノミークラスでこそ良いサービスを提供する。

それをきちんとやらないと、単なる「レガシー」になっちゃいますよ。

と老婆心ながらご忠告申し上げます。

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