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乗らなくても良いです、の理由 その1

 2011.08.17 Wednesday 
赤字ローカル線という言葉が使われ始めたのは昭和40年代前半。国鉄諮問委員会というところが、使命を終えた鉄道路線という名目で、全国で83の路線をピックアップし、自動車輸送など、他の代替輸送機関に切り替えるべきだとしたことが始まりです。

このことを発端に、不採算路線を廃止しようという議論が始まり、名を挙げられた路線の沿線地域ではローカル線廃止反対運動がおこり、地域の人たちが、自分たちの線路を守ろうと、「乗って残そう運動」を展開しました。
いすみ鉄道の前身である国鉄木原線も、この廃止対象路線に入っていて、今から25年ほど前の国鉄末期には、沿線の人たちが、用もないのに列車に乗ったり、乗車券や回数券を購入したりして、「実績」を作る努力をしていました。

国鉄末期に、北海道、宗谷本線の美深駅から分岐する美幸(びこう)線という21KMの路線がありましたが、ここは100円の運賃収入を稼ぐのに、3800円以上コストがかかる「日本一の赤字ローカル線」と呼ばれていました。
当時の美深町の町長さんが自ら東京の銀座で、この美幸線の切符を販売して、廃止反対を訴えたシーンをご記憶の方もいらっしゃると思いますが、その町長さんは、たびたび廃止反対の陳情を、当時の国鉄本社や運輸省に行いました。

対応に出たお役人さんや国鉄幹部の人たちは、
「町長さん、おっしゃることはよくわかりました。ところで、今回は北海道からどのような手段で上京されましたか?」
こう質問します。
町長さんが、「札幌から飛行機でやってきました。」と答えると、お役人さんは、その町長さんに向かって、
「そうでしょう。あなたは、鉄道を廃止にするなと言っていながら、自分では飛行機に乗ってやってくる。そんなことだから、鉄道が廃止になるのですよ。」
なんてことを、鬼の首を取ったかのように言いました。
そう切り返されて、町長さんはぐうの音も出ません。
今考えれば、こうした発言は詭弁もいいところで、都市間交通と地域交通の区別や、短距離輸送と長距離輸送の交通機関の役割論議もされていないわけですから、乱暴極まりないことは容易に理解できますが、当時は、こう言われてうなだれる町長さんの姿が何度も報道されるにつけ、都市部の国民の意識の中に、「自分たちで乗らないのに、鉄道を残したいというのは田舎の人間のエゴである。」という考えと、田舎の人たちの中には「自分たちが乗らない限り、鉄道は残せない。(残せというべきではない)」という意識構造が出来上がりました。

なぜなら、地方ローカル線の赤字は、東京の山手線や横須賀線などで儲かっているお金をつぎ込んで維持しているといわれていましたから、(とっても大雑把な会計で、路線ごとの収益もいい加減でしたが、そう言われていたのは事実です。) 都会の人たちは、自分たちが満員電車で苦痛を強いられているのは、地方のローカル線にお金を持っていくためなのか・・・というような議論になって、全体でトータルに物事を考えるということが、まだまだ受け入れられなかった時代だったのです。

こうして、「ローカル線の廃止反対運動」 イコール 「乗って残そう運動」 という構図が全国的に広がっていったのです。

さてさて、それから四半世紀以上の時間を経て、今、過去の廃止反対運動を振り返ってみると、事実として、「乗って残そう運動」をやった結果、存続したローカル線は皆無に等しい状況です。
第3セクター鉄道の中でも、乗って残そう運動をやって残ったところというのは、自治体が特別予算を作ったり、完全上下分離を行って、赤字を補てんしたり、赤字の大元である線路設備などを鉄道事業とは別会計にして、存続させているところだけです。

こういう歴史的事実を検証してみて解ることは、「乗って残そう運動」は1つの住民運動として国や自治体にアピールすることはできても、「乗って残そう運動」がすなわち、根本的な経営改善になっていないことです。

赤字で明日にも廃止されようという鉄道を、命の火が消えかけている病人に例えてみればわかることですが、四半世紀以上も同じ治療法で治療を行ってきた結果として、病人が皆、その命を落としている(鉄道が廃止になっている)のであるのなら、医療行為としては適切とは言えないわけです。
だから、私は、「乗って残そう運動」では病気が治らないから、別の方法で治療しない限り、ローカル線の廃止は免れませんと言っていますし、いすみ鉄道でも、沿線地域の住民の方々へ、「無理して乗らなくても良いです。」と申し上げているのです。

これが、「乗らなくてよいですよ。」の理由の1つです。

こういうタイプの運動は、いざ存続が決まると、潮が引くようにサーッと消えていくもので、国鉄木原線の時にあれほど盛り上がった地元での「乗って残そう運動」が、第3セクターに転換されて、JRからいすみ鉄道になったとたんにどこかえ消えてしまい、いすみ鉄道は開業以来の右肩下がりが続いていましたし、昨年8月にいすみ鉄道の存続が決まると、それまでの地元のいすみ鉄道への運動も、やっぱり25年前と同じように下火になってきているのです。

でも、早とちりをしないでくださいね。
私は「乗って残そう運動」をやらないだけであって、「乗って残そう運動」を否定しているのではありません。
地域交通ですから、「乗って残そう運動」は間違いなく正論ですし、本来はそうあるべきだと思います。
ただ、病気にかかって今にも命を落とすかどうかの境目にいる病人に、「摂取カロリーは1日○○以内にしなさい。」とか「タバコは健康に悪いから止めなさい。お酒も控えめに。」というような「正論」を言ったところで、現状を救うためには何の効果がないのと同じように、今ここで交通機関があるべき「正論」を並べても、廃止の瀬戸際のローカル線は救えないのです。

カロリーがどうであろうと、健康のためにはやめた方がいいことであっても、体に元気をつけるためには、できることは何でもやっていかなければ、病気は治らないのですから、「乗って残そう運動」よりも、他にやることがあるはずですよ、と言っているのです。

実際問題として、自分たちの地域の鉄道を「乗らなくてもいいから残したいでしょう。」と地域の人たちに聞くと、感情的な面では皆さん「そりゃあ、残したいよ。」とおっしゃいます。
いすみ鉄道は開業から81年ですから、地域の皆様にとってみれば、交通機関としては乗らなくなったけれど、鉄道が走るシーンはすっかりふる里との風景になっているのです。
自分たちの住んでいるふる里の風景の中を、小さな列車がゴトゴトと走っていくシーンは、やっぱり失いたくない。
これが本音です。

こういう地方の人たちの気持ちを聞いてあげることなく、「乗らないのに残ってほしいなんて地元のエゴだ。」といって何十年も切り捨ててきた結果として、今の日本の現状、地方の疲弊があると、私は考えています。
経済効率一辺倒の時代は終わったということを、地方を見ることで、都会の人は理解しなければならないと思います。
その1つが、地方鉄道だと思います。
何しろ、交通機関としての本来の役割がほとんど終わっても、元気に走っているのですからね。
地方は、収入は低いかもしれないけれど、おいしいものを食べて、きれいな景色の中、皆、元気に仲良く暮らしています。
インターネットや通販の普及で、田舎暮らしをしていても、全く都会と同じような品物や情報が手に入るのが今の地方ですから、私は、田舎にこそ、日本を元気にする材料がたくさんあると思っています。

だから、地元の人に無理して列車に乗ることを強いることで成り立つ「乗って残そう運動」を行うよりも、「ふる里の列車のある風景を守ろう運動」の方が、より的確で、理解しやすいのではないかと思うのです。

そうすることで、田舎の人たちが自分たちのふる里に対して「郷土愛」を持つことができると思いますし、そこから活力が生まれるのです。
自分が住んでいる町、生まれ育った地域を好きになって自信を持つこと、それが郷土愛の基本です。
それまで、「こんな田舎、どうしようもない。」と言っていた地域の人たちも、鉄道があれば、郷土愛が芽生えるのであれば、それをテコに活性化をすることも可能だと思います。

ただし、長期的には「正論」が大事なのは明らかですから、私のようなよそ者の社長に「あんたに任せたよ」と頼るのではなく、自分たちの鉄道をどうしたら自分たちで守ることができるのか、そのためには何をすればよいのか、ということは、地域の人たちが自分たちで考えて、自分たちでやっていかなければならない、というのも必要なことなのです。

乗らなくてもよい! の意味、少しはご理解いただけましたでしょうか。



(つづく)
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