ここどこだ?

 2017.09.22 Friday 

私はよくいろいろな方から、「どこからそういうアイデアが生まれるんですか?」とか、「どうやったら発想の転換ができるんですか?」というような質問を受けます。

 

別に、私自身、特段注意しているわけでもなく、才能があるわけでもなく、ただ、なんとなく、「ああ、そうか!」と思うことがあるだけなんですが、だから、説明のしようがありません。

でも、時々、自分でも不思議に思うことがあるのです。

それは、「どうしてまともな写真が撮れないのか?」ということ。

45年もカメラを持って電車やいろいろなものを写して歩いている割には、まともなアングルで撮った写真がない。

後になって見返してみると、なんでこんなの撮ったんだ?

というような写真ばかり。

 

精神科のお医者さんじゃないからはっきりしたことはわかりませんが、たぶん、あまのじゃくなんだと思います。

だから、まともな写真が撮れない。

ふつうの人ならなかなか立ち入れないところに入らせてもらうチャンスも多いのですが、せっかくそういうところへ入れてもらっても、変な写真ばかり撮ってるのです。

多分、これが私のモノの見方、考え方なのでしょう。

 

ということで、今夜は皆様、お付き合いください。

私が撮影したいろいろなアングル。30か所!

 

ここどこだ? シリーズ。

鉄道ファンの皆様方ならわかるでしょうけど、ふつうの人にはけっこう難しいと思いますよ。

 

はい、スタートです。

 

 ,泙困呂海魁準備運動ですから、簡単でしょう。

 

◆,海譴盍蔽韻任靴腓Αでも、今はもうキハはありません。

 

 だんだん難しくなってくる。キハも廃車になってるけど、駅も線路もすでにない。

 

ぁ‘矛織妊ーゼル機関車の運転席から見るとこんな感じ。

 

ァ,海海呂錣りますよね。懐かしいです。

 

Α‐赦造留悗呂海鵑覆世辰燭鵑世蹐Δ覆◆

 

А〃柿發任呂覆てケロヨ〜ンです。

 

─_良餞賁鮗圓里通りです。

 

 今日は汽車に乗って遠征です。

 

 簡単ですよね。

 

 せっかくカメラを持って添乗させていただいているというのに、こんな写真しか撮れない私。

 

 貨物列車です。簡単でしょう。どこだかわかりますよね。

 

 野球部の息子。まだ小学校1年生だった頃。

 

 結局進む道は一つしかないのだ。迷うなかれ。

 

 いちおう自撮り。

 

亜.船鵐船鵐繊船鵝▲櫂鵐櫂鵐檗船鵝△辰凸弔蕕覆い痢J珊腓靴舛磴い泙靴燭ら。

 

院_戮重そうに見えるけど、下まで転がして降りて行くだけ。

 

押)困譴蕕譴疹赦造量昌1特蓮昔は向こう側から写した。

黒いのじゃなくて赤いのが来た。

 

魁\痢駅前に私の苗字と同じ名前の牧場がありました。

 

粥,海力線はまだまだいろいろ使えますよ。左の線路ですけどね。

 

㉑ 寒いなあ。

 

㉒ お父さん、寒いです。汽車の中は、暖かそうですね。←みね子風に

 

㉓ 当駅で機関車の交換をいたします。

機関車の所に人だかり。

 

㉔ 行っちゃった!

 

㉕ 気分を変えて、どこの飛行場でしょうか?

 

㉕ ヒントとしてもう一枚!

 

㉖ 懐かしの65。

 


㉗ これは難しいですよ。

 

㉘ ココも難しい。ナローだし。

 

㉙ ここも、もっと難しい。

 

㉚ 最後は自撮り。

 

ということで、1〜30の場所、どこかわかりますかね。

 

あまのじゃくだから、こういう写真ばかり撮ってるから、いろいろなアイデアが出てくるのかもしれませんよ。

ということにしておいてください。

 

解答はまたこの次の機会に。

 

さあ、悩んでください。

 

鉄分の濃い方は悩まないでしょうけど。

 

お付き合いくださいましてありがとうございました。

お祭りモード全開です。

 2017.09.21 Thursday 

いよいよいすみ鉄道沿線もお祭りモード全開の時期になりました。

 

3週連続でお祭りです。

 

まずは今週末、9月23、24日の2日間。

いすみ市大原の町内で「大原はだか祭り」が開催されます。

 

 

このお祭りは奇祭の一つで、神輿を担いだまま男衆が宇美の中へ入って行くという勇壮なお祭り。

ひゃぅ分は一見に如かずですよ。

 

大原の人たちはすでにお祭りモード。

何しろ1年をこの2日のお祭りにかけているような粋な男衆名繰り広げる祭りですからね。

 

詳細は いすみ市役所のホームページ でご確認いただけます。 (←ここをクリック)

 

ちなみにいすみ市役所のホームページをご覧の場合は一番下までスクロールしてください。

可愛いいすみ鉄道が走っています。

 

そして次の週、9月30日、10月1日はは大多喜のお城まつり。

こちらは武者行列が繰り広げられる厳かなお祭りです。

 

 

30日は前夜祭で本祭は10月1日となります。

藤岡弘、さんと渡辺正行さんがゲストとしていらっしゃいます。

 

大多喜お城まつりの詳細については 大多喜町のホームページ をご確認ください。(←ここをクリック)

 

お祭りの期間中は通行止めになり、バス停や駐車場が閉鎖されすところがありますのでご注意ください。

お祭りにお越しの方はいすみ鉄道をご利用くださいますようお願いいたします。

 

そしてその次の日曜日、10月8日は「みんなでしあわせになる祭り in いすみ」が国吉で開催されます。

 

 

このお祭りはいすみ鉄道応援団が5年ほど前に始めたお祭りで、3年前からいすみ市商工会が主催するお祭りになりました。

 

詳細は こちら をご覧ください。(←ここをクリック)

 

商工会主催の割には商工会のホームページに何も記載されていないのは、告知力が弱いなあ。

まあ、あと2週間ありますから、これから動きがあるでしょう。

 

このお祭りは昭和の商店街の街並みと昭和の自動車をお楽しみいただくもので、国吉駅を中心に展開されます。

お祭り当日は国吉駅の駐車場は閉鎖されますのでご注意ください。

 

ということで、これから10月にかけて、沿線では毎週のようにいろいろなイベントやお祭りが行われます。

 

なかなか楽しい時期です。

 

いすみ鉄道としては、10月1日は大垣で養老鉄道との姉妹鉄道調印&イベント。10月7〜8日は日比谷公園での鉄道イベントとイベントが重なりますので、スタッフの配員とか大変な時期でもありますが、記念切符の発売もありますので、みんな頑張ろうと意気込んでいます。

 

皆様のお越しをお待ちいたしておりますので、ぜひお運びください。

 

 

 

 

山口線でSLが走っているわけ。

 2017.09.20 Wednesday 

この間の台風のおかげで、せっかく予約した「やまぐち号」に乗れなかった話をしましたが、C57-1が山口線で走っていることは今では当たり前のように感じている人が多いと思いますが、当時の私にとってみれば奇跡に近いような出来事だったんです。

 

昭和50年に国鉄の営業線上から蒸気機関車が引退し、翌年の3月には構内入換などに残っていた機関車も消えてしまいました。

高校受験が終わって、やっと自由に旅行ができるようになったと思ったとたんに目の前から消えてしまったのですから、15歳の私にとってはとてもショッキングな出来事でした。

 

国鉄は赤字だというのに、どうしてこんなに人気があって、人々が集まってくる蒸気機関車というものを、ことごとく捨ててしまって、「近代化が完了しました。」などというのは、いったい何を基準としているのだろうか。もっとうまく蒸気機関車を使って収入を上げることができるはずなのにと、全くやっていることが信じられない思いでした。

その人々が集まるツールである蒸気機関車を忌み嫌うように捨ててしまった国鉄のローカル線には誰も訪れることがなくなって、その後、わずか10年程度で蒸気機関車が走っていた時には人気があった路線の多くが廃線になってしまいましたから、私は、今でも国鉄が蒸気機関車を廃止にしたことは間違っていたと考えておりますが、そんな当時、昭和54年に山口線でC57を復活運転するという話を聞いたときに、「国鉄もなかなかやるなあ。」と小躍りして喜びました。

 

当時の国鉄内部では、ある一部の人たちが蒸気機関車を全廃してしまったことは良くなかったのではないかと気づき始めていて、それは、人気や金もうけだけのためではなくて、産業遺産、文化遺産として、きちんと後世に伝えて行かなければならないという点でも重要だったわけで、だから、京都の梅小路に当時の全機種を集結させるようなことをやったわけですが、京都や大阪の大都市の近くでは本線運転がなかなか難しいことから、どこか動態保存した蒸気機関車を実際に走らせる場所を探したのです。

 

当時の議論は私も記憶していますが、なぜ山口線かと言うと、皆様ご存知のように蒸気機関車を運転するためにはそれなりの地上設備が必要で、機関車の車庫やターンテーブル、給水塔、給炭設備などが残っていることが前提でありますが、昭和53〜4年の段階では、まだまだ全国のあちらこちらにそういう設備も残っていましたし、機関車を運転する人も、整備をする人も、現役でたくさんいらっしゃいました。だから、観光用として蒸気機関車を復活して走らせる路線は、室蘭本線でも、函館本線でも、石北本線でも、五能線でも、陸羽東線でも、磐越西線でも、会津線でも、只見線でも、山陰本線でも、筑豊本線でも、肥薩線でも良かったのです。

当時の国鉄は全国一社でしたから、選択肢はたくさん残っていました。

 

その中でなぜ山口線を選んだのかと言うと、もちろん地元の協力もあるのですが、最大の理由は山口線が小郡駅(現:新山口駅)で新幹線と接続しているということ。

東京や大阪から新幹線を利用してくれば、それだけで収入が増えるわけですから、ありがたいということです。

まして、当時は寝台特急などというのもありましたから、東京からの人は寝台特急で、大阪からの人は新幹線でやってきていただいて、ちょうど連絡する午前10時を出発時刻としたのです。

 

当時は上越新幹線も東北新幹線もありませんでしたから、新幹線といえば東海道山陽新幹線。その新幹線に接続する路線で蒸気機関車を走らせるにふさわしいところといえば、山口線以外にはなかったということです。

 

私はこの時、蒸気機関車を運転するだけでは儲からないけれど、お客様が新幹線やブルートレインに乗って来てくれれば、一人が払うトータル金額は数万円になりますから、収益性が上がると考えたことにとても感心したことを覚えています。

何しろ当時の国鉄という組織は、採算性を考えることが不得意の人たちの集団のようなところがあって、自分たちの都合を最前面に押し出して、お客のことなどどうでも良いという雰囲気が色濃かった時代ですから、そういう国鉄が、新幹線とセットで考えてくれれば蒸気機関車を走らせる価値があると考えたことは、それなりに評価できることだったんです。

 

そんなことは、民間企業じゃ当時から当たり前だったんですが、国鉄がやってくれたということで、私なりに評価が高かったということです。

 

昭和54年といえば1979年。それからすでに38年が経過して、今でも「やまぐち号」が走っているということは、決して「赤字」ではないはずで、なぜならJR西日本という会社は、赤字になるようであれば絶対にやらないと思いますから、赤字じゃないと思うのですが、その赤字か赤字じゃないかの判断というのは、昔のように乗車券と座席指定券で蒸気機関車の運行経費がペイできるかどうかというような短絡的なものではないはずで、当時の国鉄が「新幹線とセットで乗ってもらえれば黒字になる。」と考えたのと同じように、今の時代なりに、きっと、トータルで考えたら走らせる意味があるということなんだと思います。

 

そして、そのトータルで考えたらということは、どういうことかというと、これは私の想像ですが、蒸気機関車を走らせることによる地域への経済効果や、地域貢献ということも入っているでしょうし、小さな子供たちに将来も鉄道に乗ってもらうために、子供の時から蒸気機関車に乗ってもらって思い出を作ってもらおうというような啓蒙的な発想も大いにあるのではないかと思います。

 

昭和54年当時は新幹線やブルートレインで来てもらえれば、SL料金以外にもお金が入ると考えた国鉄ですが、当時は山口宇部空港に発着する飛行機は64人乗りの全日空のYS11が1日2〜3本でした。でも今はジェット機が3社合計10本近く飛んでいる時代です。東京から新幹線に乗ってもらうと言っても、半分は他社の収入ですし、ブルートレインもすでにありません。だから、昭和54年当時の理屈は今では通用しませんし、民営化して30年経過した会社ですから、当時の国鉄とは基本的な考え方が異なるでしょう。考え方そのものが進化しているはずです。だから、たぶん、自分の会社が直接的に儲かるとか、そういう理由だけで「やまぐち号」を走らせているのではないと思うのです。

 

まして、今回、大きなお金をかけて後ろに引かせる客車を新造して、C57以外にD51も復活させているのですから、直接的利益だけではそういうことはできないはずだからです。

 

そう考えると、山の中を汽笛を響かせて煙を吐いて汽車が走る情景というのは、日本人として心に響く情景だというのは、蒸気機関車を知らない世代にも知ってもらいたいし、そうすることで、将来の鉄道利用者を育てて行こうというような、何かとても懐の大きなものを私は感じているのです。

 

何しろ、機関車の予備機を揃えて、客車を新造したということは、「まだまだこれから20年以上走らせるぞ。」ということだからです。

 

そういう会社に敬意を払って、今まで以上に「やまぐち号」に乗りに行くぞ! と考えたのが今回の旅行だったのですが、台風の季節が過ぎて落ち着いたら、とりあえず年内にもう一度計画してみようと思うのです。

 

この会社、鉄道の使命というものは輸送だけではないということを理解してくれているようですから、今後も注目できるのではないかと、私は秘かに期待しているのであります。

 

北海道ブランド

 2017.09.19 Tuesday 

北海道の人たちが知らない北海道ブランド。

 

「北海道」と名前が付くと、とにかく人気が高まります。

 

今、池袋のデパートで「秋の大北海道展」というのをやっていて、引き寄せられるように名前に釣られて行ってみましたが、とにかくすごい人、人、人。

平日なのに、動けないほどのお客様で大賑わいです。

 

 

 

 

東京の人って北海道好きですねえ。

これは別に東京だけの話じゃなくて、名古屋でも大阪でもそうだと思いますが、とにかく北海道と書けば催事が成功する。

実は私、先週北海道へ行ってたんです。

10月にも11月にも北海道へ行く予定が入っておりまして、でも、そんな私でも北海道と聞けば、出かけてみたくなるのですから。

これが北海道ブランドの力なんですね。

 

台湾でもコンビニに入ると北海道ミルクで作ったパンなど、北海道ブランドがたくさん並んでいまして、私は台湾人の友人に、

「なんで北海道って書いてあるの?」

と尋ねたところ、

「そりゃあ、北海道って書いてあればおいしそうでしょ。」

と、答えましたから、日本人だけじゃなくて、きっと台湾人も韓国人も中国人も、みんな同じ気持ちなのでしょう。

 

北海道ブランドって、すごいですよね。

 

でも、私はちょっと危機感を持っています。

長年、そうですね、40年以上も前から、北海道に200回以上行っていますので気づいているのですが、少しずつ北海道の価値が変わってきています。

この大北海道展でも顕著だったのですが、海産物、つまり、エビ、カニ、いくら、ホタテのような商品のブースにお客様は少なめです。3000円近くするエビとカニといくらがてんこ盛りになったお弁当やお寿司のコーナーにはお客様が入ってなくて、ラーメンだとかソフトクリーム、ワインやチーズのコーナーが混んでいる。

昔は、エビ、カニ、ホタテやいくらを大金をはたいて買っていたのが、今では買わなくなってきている。

どうしてかというと、その理由はただ一つ。

東京でも買えるから。

 

この30年ほどで物流が発達して、それまで買えなかった商品が自分が住んでいる地域でも手に入るようになりましたから、わざわざ北海道へ行かなくてもよくなったのです。

ボタンエビだとか、活ホタテなどは、昔は北海道へ行かなければ食べられませんでしたが、今では東京はもちろん、私が住んでいる千葉県の内陸部の町でもふつうに食べることができます。

だから、札幌へ行っても、わざわざ高級海産物を食べなくなりましたから。

北海道だからといって、特別安いわけでもありませんしね。

「わ〜い、毛ガニだ! タラバだ!」ってやっているのは基本的には高齢者が多くて、若い人たちは高い海産物を食べるよりも、他にお金を使った方が良いから、せいぜい食べに入るのはちょっと高級な回転ずしぐらいです。

ひところ有名だった小樽の寿司屋通りなども以前ほどの勢いは感じませんし、あとは、海産物を喜んで食べているのは外国人ばかり。居酒屋で2万円もするタラバガニを頼んでむしゃむしゃ食べているのは、ほぼ100パーセント外国人です。

なぜなら彼らは宅配便で家に送ることはできませんから、ここぞとばかり、食べていくわけです。

 

そういう状態を見聞きしているとに、北海道のありがたさ、北海道ブランドの強みって、時代とともに変わってきているということがわかるんです。

いつまでも、エビ、カニ、いくら、ホタテじゃないんですね。

残念ながら非日常の特別感は、そういう海産物にはなくなっているのです。

 

では、北海道ブランドの強みは何かというと、やっぱり広い台地。話のタネに一度行ってみたい、見てみたいような雄大な景色であったり、星空であったり、夕焼けだったり、雲海であったり、あるいは雪景色や流氷なのです。

牛がいる風景や牧草ロールが並んでいる景色。

 

これは、いつまでたっても都会では手に入りませんし、宅配便で届けてもらうことはできないのですから。

 

でもって、危機感というのは、北海道以外の人たちというのは、北海道のすばらしさを理解しているけど、当の北海道人の皆さんは、内地の人たちが「北海道って良いですねえ。」と言うその気持ちを理解できないわけで、「こんなところのどこがいいのか?」って言っている。

これが、北海道ブランドの危機だと私は思っているのです。

 

なぜなら、行列のできるラーメン屋さんのご主人が、「うちのラーメンのどこが良いのか俺には判らない。」と言って、目の前のお客をさばいているのと同じことなのですから。

 

どんな商売も、お客様の気持ちを理解することがスタートラインだと私は考えていますが、大衆相手の安売り商売ならまだしも、仮にもブランドビジネスである以上は、基本的価値を見つけ出して、その価値をどうやって高めていくかというのがお仕事ですだからです。

 

でも、これって北海道だけじゃなくて、日本全国の田舎にも当てはまることで、日本の田舎の人たちは自分たちの地域の価値に気づかない人が多いですから、せっかくの宝物が持ち腐れになっている。

もう一歩のところなんですけどね。

 

つまりは、北海道って、大いなる田舎だということなのであります。

 

もったいないなあ。

 

あとは、内地から北海道へ移住した皆さんに牽引役になってがんばってもらうしかありませんね。

私も後補機として、後ろからおっぺすることぐらいは協力しますから。

 

▲千歳空港から30分ぐらいのところにあるひまわり畑。

誰もいないんです。

ここは穴場ですよ。

9月の終わりごろから見ごろを迎えるころでしょう。

 

LCCで日帰りできますからね。

日帰りでも良いから、出かけてみることです。

行きませんでした。

 2017.09.18 Monday 

台風が足早に駆けていきました。

 

大阪に上陸してから札幌に到着するタイミングはまるで「トワイライトエクスプレス」のような速度でした。

ありがたいことに、いすみ鉄道沿線では大きな被害が発生することなく、本日も平常運転することができました。

 

さてさて、実は、私はこの連休に乗り鉄を企画しておりました。

事前に指定席をゲットして、飛行機もホテルも予約して、行く気満々でしたが、まさかの台風。

「ありえない」状況でしたが、予約していた飛行機も天候調査で飛ぶか飛ばないかわからず、1本前の便は前日から欠航が決定しているし。

いすみ鉄道も心配ですから、「行かない!」と決断したんです。

 

 

そうしたら、私の友人のライターでカメラマンの池口英司さんが、Facebookで「今、乗ってます。」なんて言ってるじゃありませんか。

 

行けばよかったなあ。

 

結局予約していた飛行機も飛んだし。

 

行ってれば池口さんと鉄道談義をして、今頃は「おいでませ」とか言われながらおいしいお酒においしい魚を食べていたんだろうなあ。

 

 

結局は大原の家で一人でテレビ見ながらビール飲んでます。

 

いつも感じるのですが、行くという決断よりも、行かないという決断の方が難しいですね。

 

30数年前に教官から言われた、「NO GOの決断は難しいぞ!」という言葉が、今夜も身に染みております。

 

池口さんのブログは こちら 

 

いろいろ面白いことが書かれていますから、ぜひお読みください。

 

近日中に今日の「やまぐち号」が更新されると思います。

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