宮崎県都城市

 2017.11.22 Wednesday 

昨日は都内某所で、ちょうど上京されていらした宮崎県都城(みやこのじょう)市の副市長さんとお会いいたしました。

 

皆さん、都城市ってご存知ですか?

 

宮崎県の南部、鹿児島県との境にある市で、私の世代では日豊本線の霧島越えで蒸気機関車が奮闘していたところと言えば皆さんご記憶にあると思いますが、現在は産業団地などの誘致を積極的に行っているところであり、ふるさと納税全国上位に君臨することでも有名です。

そして何より、私の大好物のお芋のドリンクの生産量が全国一位のところなんです。

 

 

私の隣が岩崎透副市長さん、商工観光部企業立地推進室の大内山室長さん、同室主事の久保田さんです。

 

お芋のドリンク、つまり芋焼酎ですが、皆さん、芋焼酎は鹿児島県が一番と思われるでしょうが、実は出荷量では宮崎県が全国一なんです。それも都城市が断トツなんです。

私は自分の好物ですから当然その知識がありましたので、「都城市と言えば芋焼酎日本一ですね。」と申し上げましたところ、会話が弾みました。

何しろ私は都城市の上得意客なのであります。

 

霧島酒造さんの黒霧島と赤霧島。

 

皆様ご存知の「クロキリ」は、都城のお酒です。

北海道から沖縄まで、どこでコンビニに入っても、居酒屋に入っても、黒霧島が置いてあると思いますが、そのぐらい全国に流通しているのです。

九州の南の都城市の酒蔵が、全国一などとは、実に上手な営業をされているなあと、常日頃から感心しているのであります。

 

ということで、今夜も都城のお客さんになることといたします。

 

焼酎ばかりでなく、日本酒もそうですが、自分が気に入った地域のお酒を楽しむときって、必ずその地域のことが頭に浮かびますよね。風景だったり、温泉だったり。

私の場合は、もちろん鉄道が頭に浮かぶのです。

 

吉都(きっと)線の列車が都城駅を発車して、右にカーブしながら大淀川を渡る。遠くには霧島連山が見えるあたり。

その場所で作られたお酒なんです。

 

ああ、吉都線か。

C57やC55が走っていた頃、大人だったら、煙を浴びながら一杯できたところでしたね。

 

でも今は便利な時代になりましたから、これを見ながらお楽しみです。

 

私の作品。

 

良いですよ。

 

お申し込みは こちら から。

(ちょっと宣伝)

 

寒い冬は景色が良いので、今度また訪ねてみようと思います。

 

都城市の皆様ありがとうございました。

北海道鉄道観光資源研究会 パネル展

 2017.11.20 Monday 

11月15日の北海道新聞に掲載された私の記事が、北海道新聞の電子版に掲載されています。

 

道新ウエブ 20171115 ←こちらをクリック

 

リンクが切れて読めない方のために記事も貼っておきます。

 

 

北海道新聞の記者の方が、わざわざいすみ鉄道までいらして取材していただきました。

JR北海道の上下分離は、下の部分をJRがやればよいというのが私の論として紹介されていますが、上下分離というのは決して線路の維持管理をなどのいわゆる下の部分に、地元の行政がお金を出すということが正論ということではなくて、海外へ行けば国が下をやったり県が下をやったりしているところはいくらでもあります。

いすみ鉄道沿線のように、地元の自治体がお金を出してくれているところは、地域の人たちが鉄道を必要に感じてくれているからこそで、国鉄が廃止にするといった路線を、地域の人たちが引き受けてきた経緯があります。

だから、いすみ鉄道で私たちが展開しているビジネスも、そういう地域の皆様方が長年支えてきてくれたことに感謝して、鉄道がどうやったら地域に恩恵を与えるかということを考えて、それを基本方針としているわけです。

 

つまり、そういう地域とのかかわりがあってこそ、初めて地元の行政に対して「上下分離の下の部分にお金を出してください。」とお願いできるのであって、お願いするからには、きちんと地域の役に立つというコミットメントをしなければならないのです。

ところが、今回の場合は、「廃止にしますよ。それがいやだったら、応分の負担をしてください。」と来ているわけですから、私はおかしいと異議を唱えているのでありまして、上下分離の本筋からはどうもかけ離れているにもかかわらず、自分たちの都合の良いところだけを利用して、お金を出させようとしているから、私はおかしいと申し上げているのです。

 

ただでさえ、田舎の行政はどんどん財政的に厳しくなってきていて、いすみ鉄道沿線だけでなく、今後、いろいろな鉄道が、上下分離の下の部分を地元の行政に出していただくという今のビジネスモデルを継続することはできなくなるでしょう。

地域の人たちだって、出して行きたいのはやまやまだけど、わかってはいるけど、いつまでも無理ですよ、という状況になって来ているわけで、そういうことを私も身をもって感じているから、例えば観光振興など、ひとつの行政単位で考えるのがふさわしくないような政策に関しては、もっと広域で、例えば県がしっかりやっていくとか、インバウンド4000万人などと国が旗印を掲げるのであれば、そういうことはいきなり地元の役場に任せるのではなくて、鉄道が観光振興になるのであれば、国だってちゃんと運営にかかわるべきだと私は考えています。

まして、北海道の場合は経済的に重要な路線が多くあるのですから、北海道庁はもちろんですが、国だって真剣に考えなければならないわけで、そういう大切な部分をすっ飛ばして、弱体化して苦しんでいる地元の行政に対して、あたかも当然のように「お金を出してください。」と言っているところに、この国の大きなまやかしがあるわけです。

 

さて、そういう大いなる大人の事情はさておいて、大いなる大地には、大いなる夢を持った人々もたくさんいて、鉄道というものは、人々の夢を乗せて運ぶという使命もありますから、それがすなわち鉄道が持つ観光資源としての一面なのでありますが、そういう人たちが、こんな企画をしているということで、今夜は宣伝させていただきたいと思います。

 

 

「北海道の鉄道、過去、現在、未来」

 

未来というのが良いですね。

 

どういう形の未来になるかは、人任せではなく、自分たちで作っていくんです。

 

今回のこのパネル展で私なりに注目しているのはその開催場所。

 

北海道庁 赤れんが庁舎

 

道庁の赤れんが庁舎って例のガイドブックに出てくるところだと思いますが、ということは、この鉄道の未来を見つめる写真展には北海道庁が絡んでいるということだと思います。

ふつうなら百貨店の催事場だったりするのでしょうけど、道庁舎でやるのですから。

 

やはり、大きな目で全体を見られるところが、きちんと全体を見てやらなければダメなわけで、少なくとも北海道庁そういうことをある程度分かっているのではないか。

 

そんなことを感じることができる1枚のポスターなのです。

 

 

いや、正直行きたいです。

でも当日は真岡鉄道でのイベントに参加するため残念ながら行けないんです。

写真展の内容につきましては後日仲間から聞くとして、お近くの方も、お近くでない方も、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

私は、長大編成の石炭列車を引っ張っていた蒸気機関車の時代や、札幌から各方面に向かっていた夜行列車の時代を懐かしく思い出します。それは私にとっての「過去」ですが、これは懐かしくも楽しい、そしてちょっぴり切ない「過去」であります。

若い時代にそういう過去を経験させていただいた人間としては、今の時代の若者たちにも、鉄道を通じていろいろな経験をしてもらって、将来、「懐かしくも楽しい、そしてちょっぴり切ない思い出」を持った大人になってもらいたいなあ。

そうすれば、鉄道というものが将来へ続いていくのです。

そう思って、いすみ鉄道の運営に携わっています。

 

この写真展も、同じような思いを持った仲間たちが、将来へ続けるために企画運営してくれているものですから、北海道の鉄道の未来は明るいと、私は考えています。

 

皆様、ぜひお出かけくださいませ。

 

 

本日も台湾からのお客様がお見えになられました。

 2017.11.20 Monday 

今日は台湾からの鉄路迷が2人、いすみ鉄道に乗りに来てくれました。

 

1人は以前からの知り合いの黃程勁くん。

台湾南部の高雄から友達を連れて初いすみ鉄道です。

 

 

車庫をご案内して、キハ28、キハ52を体験してもらいました。

今日は運転しない日なんですが、それでも喜んでいただけました。

 

黃程勁くん(車内の写真の左側)は台湾の鉄道ファングループでつくる南方公園鉄道社団のリーダーの一人で若干23歳。

日本語ペラペラで、友達を案内して来てくれました。

 

6月に私が日本の鉄道ファンの皆様をお連れして第9回の台湾鉄道三昧の旅を行いましたが、その時貸切列車として復活運転した2700形「光華号」のチャーターは彼らが行ってくれたもので、3両編成のうちの1両を日本人鉄道ファンのために開放していただいた共同企画でした。

 

7月に台北で行われた弁当祭りにも来てくれて、その時サボを買ってくれました。

 

「社長さん、今度行きますからね。」と言ってくれたのですが、今日、本当に来てくれました。

 

今回は東武の蒸気機関車に乗るのがメインだったようですが、わざわざいすみ鉄道まで来てくれてありがとうございました。

 

12月の初めに、第10回台湾鉄道三昧の旅で日本のファンの皆様をお連れして高雄に行きます。

その時にまたお会いしましょう。

 

昨今は猫も杓子もインバウンドですが、私はこういう草の根交流から始めることが大切だと考えております。

煙にまかれて、煙まみれ。

 2017.11.19 Sunday 

子供の頃、蒸気機関車の列車に乗ると、窓から煙が入ってくるのが面白くて、トンネルの中で窓を開けていたら、近くの乗客のおじさんに怒られました。

そりゃそうですよね。

だから、デッキへ行って、デッキの扉を開けて、身を乗り出しながら煙を浴びる。

 

夜、宿屋へ着いて風呂場でお湯を張った桶の中に頭を浸けてゴシゴシやると、桶の中のお湯にふわーっと黒い粉がたくさん浮いてくるのが楽しくてね。

「本日の収穫!」などと言ってました。

いきなり頭を洗っては、せっかくの収穫が流されてしまうのです。

素っ裸で、ケツ突き上げて、頭を桶の中に入れている中学生は、傍から見たら滑稽そのものだったでしょう。

でも、それが蒸気機関車の列車で旅をするときの、私なりの醍醐味でした。

 

当時の大人たちは、皆、汽車の煙を煙たがっていましたが、私は良い匂いだと思っていて、それを体験することがイベントだったのです。

 

ということで、昨日は実際に乗車して煙を体験したのですが、本日は日本の原風景の中を走る蒸気機関車の姿を楽しみました。

 

今日は風が強かったので、煙が横に流れてしまいます。

こういう日は風上側で撮るか、風下側で撮るか。人によって判断が分かれるところでしょう。

私の場合はもちろん風下側。

だんだん近づいてきて、

大きな汽笛を鳴らしながら目の前を通り過ぎて行きました。

もちろん煙をたくさん浴びました。

展望席で手を振る女性は、知ってる人でした。(笑)

同じく子供の頃の話ですが、蒸気機関車の写真を写しているお兄さんから言われました。

「鳥塚、ファインダーの中だけで汽車を見ていちゃだめだぞ。ちゃんと自分の目で見るんだ。」と。

それからの私は、必ず汽車が見えなくなるまで、後姿を見つめることにしています。

写真を撮る人たちは、最近ではデジタルですから、狙ったポイントでシャッターを切ると、すぐに画面上で再生して確認している人を良く見かけます。

それだと、目の前を通り過ぎて行くときの動輪の動きや煙の吐き方を見ることはできませんね。

私の場合は写真を撮ることが目的ではなくて、汽車を見ることが目的なので、向こうの山影に汽車の姿が消えるまで見送りました。

 

この時すでに撮り鉄さんたちは撤収の準備をしていましたが、私は最後まで見送るのです。

 

蒸気機関車というのは、力行するパワーを得るために火力が必要です。

駅に到着するときは、パワーが要りませんので、こんな感じで煙を吐きません。

こうして停車中に石炭をくべて、黙々煙を吐き始めます。

火力を上げて加速に必要な蒸気を貯めるのです。

まだ発車前なのに、なんだかすごいことになって来たぞ。

いよいよ発車時刻になると、辺り一面煙だらけです。

そして発車。

「汽車は出てゆく、煙は残る。」

 

考えてみれば、昭和の時代には一つの列車が発車する度にこんな感じで煙まみれになっていたんですね。

昭和50年じゃなくて、あと10年蒸気機関車が生き延びて、昭和60年まで走っていたとしたら、たぶん環境問題に引っかかって、これほどまでに文化遺産として美化されることもなかったでしょう。

当時はあと数年残っていてくれたら、もっと汽車旅ができたのに、などと考えていましたが、ちょうど良い潮時だったのかもしれませんね。

 

ということで、2日間の私の煙を浴びる旅は終了いたしました。

 

40数年前と何ら変わらぬ山口県の風景は、本当に素晴らしかったと思います。

 

楽しい旅をありがとうございました。

 

動画は私のFacebookページで公開しております。

ぜひご覧くださいませ。

 

さて、風呂に入るとするか。

楽しみだなあ。

 

何が? って、

決まってるじゃないですか。

 

煤じゃなくて、その後のビールですよ。


いくらなんでも、中学生じゃないのですからね。

 

最新型の旧型客車に乗りました。

 2017.11.18 Saturday 

昨日、出かける支度をしていた時のこと。

「今度はどちらへ出張ですか?」と、妻が聞いてきました。

 

「山口県」と答えると、妻は、

「山口県に仕事ですか?」

不審に思ったのでしょう。土日の山口県に仕事などあるはずはないことは妻がよく知っています。

 

「やまぐち号の客車が新しくなったんだよ。それも、昔の古いままの姿で、中身は最新型なんだ。それに乗ろうと思ってね。」

と答えました。

 

すると、我が妻は

「またパクられましたね。では、しっかりと見てこないとね。」

 

ということで、やってきました山口県。

9月に計画していたのですが、台風で中止になって、何とか年内にと思っていたのですが、3日前のキャンセル待ちでやっと指定が取れました。

 

入線してきました。

これが平成29年製の旧型客車です。

5両編成の両端が展望車になっています。

こちらは普通車の展望車。

バリアフリー対応になっている車両です。

ダブルルーフが素敵ですね。

 

先頭の機関車C571は昭和12年製。

年の差80歳の組み合わせです。

 

客車の中に入るとこんな感じ。

座席にはテーブルが付いていてシートピッチも広めです。

窓のつまみはこれ。

懐かしいなあ。

でも、テーブルにはスマホの充電などに使えるコンセントがあるのが現代風。

洗面台はこれまたレトロ。

でも、トイレは最新型。

すごいなあ。

ちょっとレトロっぽい感じで写してみました。

こりゃ最高ですね。

 

とまあ、こんな感じで車内はガラガラだったんで、おかしいなあ。指定券最後の1席って言ってたのに。

そう思っていたら、発車10分前になって新幹線からの接続のお客様で満席になりました。

 

 

途中の仁保駅、地福駅で数分間停車しましたが、こんな感じです。

「やまぐち号」は走り始めて40年になるのに、今でもこれだけの人気。

指定席の発売状況を見ると、1か月前にとらないとなかなか取れないほど満席が続いています。

私の乗った車両だけで旅行会社主催の団体旅行が2つ。

上手に営業してるんですね。

津和野に到着したらバスが3台待っていました。

団体さんは皆さんバスで次の目的地へ。

でも、ほとんどの団体さんが新山口から津和野までの全区間、または湯田温泉ー津和野間と長距離乗車されていました。

これが大井川鉄道の団体と違うところですね。

 

 

津和野で2時間半ほど停車します。

その間に皆さんお食事をされて、発車1時間前から機関車の周りはちびっ子から大人まで大人気です。

 

 

帰りの車両は5号車の展望車。

背もたれが直角でモケットも張られていない板張りです。

こんな戦前の鉄道路線図まで復元されています。

一番後ろの展望車から。

機関車がモクモクと煙を吐いて坂を登って行きます。

後ろにたなびく煙。

これが展望車からの後面展望です。

こうやって坂道を登って行って、トンネルに入るのです。

意外だったのは、この展望デッキに出たままでトンネル内で煙を浴びるお客様がたくさんいらしたこと。

トンネルに入っても平気でデッキにいる。

それもマニア的な人ではなくて女性のグループや小さな子供を連れたファミリーが、入れ代わり立ち代わりデッキに出て、デッキには常に人がいる状態だったことです。

多分、最近の列車では味わうことができなくなったアウトドア感を楽しんでいるんだと思います。

走行中にドアが開けっ放しの旧型客車でさんざん旅行した世代としては、今更感がありますが、40代以下の若い皆様方にはきっと新鮮なんだと思います。

瑞風にも展望デッキがあるようですが、なかなか楽しい仕掛けですね。

 

 

 

日が暮れた新山口駅に到着した列車。

夜はこんな雰囲気です。

最高ですね。

この素敵な客車を造ったのは新潟トランシスさん。

 

そう、いすみ鉄道の新型キハ20を作った会社です。

 

ねっ。だからうちのカミさんが「パクられましたね。」というわけですが、まあ、パクると言っても「コンセプト」の話ですから、つまり、時代の潮流として、こういう世の中になってきたということで、その最先端を行っているのが、実はいすみ鉄道だということなのであります。

 

JRがちょっとだけ本気になるとこれだけ立派な車両ができるんです。

だから、本当に本気になったら、平成版のEF58だって、平成版の583系だって、いくらだってできるんです。

 

いよいよおもしろい時代になって来たなあ。

 

ローカル線に明るい未来が感じられる時代になったということなのであります。

 

本日お世話になりました皆様、ありがとうございました。

 

Calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
Links
New Entries
Categories
Archives
Profile
Search this site.
Others