お墓について考える。 その3

 2017.03.23 Thursday 

分譲中のお墓の区画番号がC57とC58だったというただそれだけで、百万円以上の墓地を衝動買いしてしまう私が言うのも何なのですが、今までのような石でできたお墓って、今の世の中、特に都会の核家族の皆さんにとって必要なのかどうかと問われると、要らないのではないかと考えてしまいます。

お墓が要らないのではなくて、石造りの、個人の家庭のお墓を作る必要があるのかなあと思うわけで、骨になった自分を何とかしなければならないという課題はあるのですが、それさえできれば、その後、20年も30年も、自分の子供たちに供養という名の墓の維持管理を任せて負担をかけるのはどうなのかなあと思うのです。

まして今の世の中、地元を中心に生きて行く人がどれだけいるのかと考えた場合、うちの子供たちしかりで、実家から離れたところで仕事をして生活をしている人たちがたくさんいるわけですから、年に2〜3回の墓参りとはいえ、かなり負担になることは間違いないし、テレビでやっているような墓掃除や墓参りの代行業者を頼んで、代わりにお墓の管理をしてもらうような世界は、私は違うんじゃないかなあと考えるのです。

 

私が墓参りを趣味としているのは、自分の祖先を敬うからでありますが、だとしたら命はみな同じなわけですから、自分の先祖じゃなくても、かつてこの国を作ってきた先人たちに感謝しなければならないというのは同じである気がしていて、例えば、鉄道で言えば、十分な設備がない時代に、安全正確な運転を心がけ、立派に使命を全うした機関車の運転士さんたちは、素晴らしい仕事をしてきたわけですから、そういう人に対しては、敬意を表したいと思いますし、自分の身内じゃなくても、その人のお墓の前で手を合わせて供養したいなあと思うのです。

ところが、そういう人たちの息子や娘が、立派だったお父さんのお墓参りをきちんとしているかといえば、それぞれの事情があってできない人もいるだろうし、なかなかお墓の管理もできていないかもしれない状況がありますから、私は、ある一定の場所に、例えば鉄道業界に貢献した先人たちや、趣味を同じにする人たちがお墓を作って、あるいは共同墓地のように納骨されて、いちいち家族が維持管理しなくても、その人の偉業を理解する人たちが、毎年きちんと供養できるようなシステムを作ったらよいのではないかと思うわけです。

芸能人や著名人であれば、お墓の場所も知られている場合が多いですから、故人を偲んで訪ねて供養してくれる人も多いと思いますが、一般の人の場合はなかなかそうはいきませんから、一般人のためのそういう霊園があって、そこに石のお墓以外の「何か」を作って納骨するだけで、後は同じ趣味の人たちが集まってきて、手を合わせてくれるようなシステムはできないのかと考えていたのです。

 

そうしたら、いすみ鉄道沿線には樹木葬などの自然葬を行っているお寺さんがいくつかあって、そういう樹木葬を希望するような皆さんは、志が同じような方が多いでしょうから、後々残された家族が義理でお墓参りに来る必要がなくても、安らかに眠れるのではないかと考えたんですが、じゃあ自分だったらどうして欲しいかなと考えたら、私だったらここに眠りたいなあと思うようになったのです。

 

 

それがここ。

いすみ市にある東漸寺さんです。

こういうローカル線の線路の近くで、汽笛の音や汽車の音を聞きながら眠ることができれば、自分的にはきっと安らかに眠れるのではないか、と思ったのです。

でも、こういう昔からのお寺には地域の檀家さんがたくさんいらして、檀家じゃない私のような人間がここにお墓を買って、埋葬してもらいたいと言っても難しいのですが、まあ、撮影地としてもやはりお墓は魅力があるので、去年、このお寺を訪ねて行って、「いすみ鉄道に来る鉄道ファンのために、境内への立ち入りを許可してもらえませんか?」とご住職にお願いをしました。

 

ローカル線というのは日本の原風景だと私は考えていますから、道祖神やお寺の山門、墓地だってローカル線の風景には必要だと思います。私が小学生中学生の頃、全国にSLブームというのがあって、東京の小学生だった私が憧れたのは、そういう道祖神や墓地の向こうを煙を吐いて走る蒸気機関車を撮影した先生方の写真の情景で、今、昭和のディーゼルカーを走らせているいすみ鉄道は、当然当時のイメージを再現する必要があるわけですから、沿線のお寺さんを訪ねて、「ここで撮影させていただいても良いでしょうか?」と聞いたわけですが、そうやってご住職と仲良くなっていろいろ話をしてみると、やっぱりご多分に漏れず、檀家さんの数が減って、どんどん厳しくなっているということに気づいたのです。

ところが、私のように都会育ちで田舎にあこがれて育った人間にとって見たら、こういうお寺さんに埋葬してもらえれば、ローカル線のファンの皆様方が入れ代わり立ち代わりやってきて、私が眠る場所で良い作品を撮っていただいて、ご満足していただければ、私自身の供養にもつながると思うわけです。

まして、檀家さんになって石造りのお墓を建てて、永年維持管理にお金を払うようなことはできないけれど、境内の片隅に樹木葬のように穴を掘って自分の骨を埋めてくれれば、後々子供たちに世話をかけることはないし、ローカル線に思いを馳せる人たちが、いすみ鉄道を話題にしてくれるだけで、私の供養にもつながるわけで、その骨を埋めるだけで、一括でお寺さんと契約すれば、後々維持費も何もかからないわけですから、この世にいなくなった後のことを思い残すこともなくなります。

私はご住職にそんな話をしたんですが、そうしたらご住職が、「いいですよ。このお寺で33年後までちゃんとお経を上げますから。私は毎日お経をあげていますから。」とおっしゃっていただいたんです。

 

その時私はピンときました。

これはビジネスマッチングできるのではないかと。

 

つまり、後々お墓の維持管理を心配するんだったら、このお寺の敷地の一角に骨を埋めてもらって、家族じゃなくても、鉄道ファンや趣味を同じくする人、またはこの地域に思いを寄せる人たちが、春の菜の花の季節や、秋の稲刈りの季節に家族で来てもらって、みんなで楽しそうに過ごしてくれれば、仏様は浮かばれるのではないかと。そして、そういうことがビジネスになれば、檀家さんが減少して維持が厳しくなっているお寺さんだって助かるのではないだろうか。そうすればローカル線と同じように、都会の人たちの協力によって、田舎のお寺を維持することができて、日本の田舎が守られるのではないか。なぜならば、ローカル線が走る風景と同じように、田舎の風景にはお寺や墓地が必要であって、それは日本人として守らなければならない日本の原風景だからです。

 

人間もそろそろ60に手が届く年齢を迎えるころになってみると、お彼岸にはこんなことを考えるようになってくるものです。

春の菜の花や桜を見るたびに、来年は見られるだろうか。あと何回桜を見られるだろうか。というようなことを考えるんですね。

自分がこの年になってみて、初めてわかることなんです。

 

だからビジネスモデルとして、田舎のお寺を守るようなシステムを考えなければならない。

そうすることで、都会の皆様の力を田舎に集めて、田舎のお寺や神社、そして日本の風習を守っていかなければならない。

なぜか、そんなことを考えた今年の春のお彼岸だったのであります。

 

こんなことを考えるようになるとは、どうやら、私もそろそろかもしれませんね。

その時はその時として、後のことは皆様よろしくお願いいたします、よ。

 

(おわり)

お墓について考える。 その2

 2017.03.22 Wednesday 

昔から会社の寿命は30年と言われます。

その理由は、30年も経てば世の中が変わるからであり、つまりは世の中の主役である生きている人間が世代交代して入れ替わりますから、昔ながらの方法で商売をしていたら生き残れませんよ、ということであり、この春30周年を迎えるJRだって、あちらこちらでほころびが見え始めているわけですから、来春30周年のいすみ鉄道だって、今のままではいずれ消えてなくなりますよ、ということなのですが、30年経てば人が入れ替わるということは、つまり親の世代と自分たちの世代で考え方が変わりますよ、ということなのです。

 

お墓の話も全く同じで、仏教では三回忌、七回忌とやってきて、三十三回忌でとりあえず供養が一段落するのは、そのぐらい経つと、今度は子供たちの世代が鬼籍に入りますから、供養の世界も世代交代するわけです。

 

こういうことを言うと叱られるかもしれませんが、私が考えるに、仏教というのは(もちろん神道もそうですが)、実によくできたフランチャイズで、修行を積んで本山から許可をいただくと、それぞれの地元へ戻ってお寺を開くことができて、そのお寺の地域にはそれぞれのお客様がいらっしゃるわけです。そして、そのお客様、つまり檀家様ですが、ある一定の数の檀家様がいらっしゃれば、単位期間あたりある一定の数の葬儀が出ます。葬儀があれば、初七日、四十九日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、そして三十三回忌まで、ある一定の法要がありますから、そのお寺が維持していかれるわけで、檀家さん以外にも、ご利益を求めてそのお寺にお詣りをしていただく方々が増えれば、お寺の経営も良くなっていくシステムなのです。

 

これはフランチャイズに加盟して、お店を開いて経営が成り立つかどうかというのと全く同じで、ある一定数の人口がある地域や、国道沿いなどある一定の通過客が見込めるところであれば、売り上げを予測できますし、経営が成り立つというものです。お寺の場合は、では、その檀家さんの数がある一定数あればという、ある一定数とはいったいどのぐらいなのかというと、地域特性などがありますので一概には言えませんが、だいたい300件から400件の檀家さんが必要と言われていて、まあ、300件あれば、年に10数件の葬儀が出ますし、それに伴って三回忌、七回忌などの各種法要を行えば、お寺は継続して仕事を得ることができて、維持していかれるという計算になるようです。

ところが、近年は少子高齢化に伴う人口減が進んでいますから、特に田舎では檀家さんの数が急速に減って来ていて、お寺が維持できなくなって廃寺になるところが増えています。

廃寺になるということは、先祖代々続くお墓だって維持できなくなるということですが、これはローカル線問題と全く同じような構造があると私は考えています。

人口が減って利用者がいなくなるのと同時に、マイカーや高速バスが発達して列車に乗らなくなる。これは、お墓参りを始めとする宗教行事に興味が無くなってお寺そのものに行かなくなるということと同じで、人口減少とダブルパンチでお寺の経営を成り立たなくしています。

 

では、そういう時はどうするのか。

これもローカル線と同じように、地元の人口が少ない分、外からお客様を連れてくるというのが手っ取り早い立て直しの方法ですから、私は数年前から国吉駅の近くにある出雲大社を宣伝することで有名にして、お参り客を増やし、そのお参りにいらしていただいたお客様の落としていただくお賽銭などの収益で将来的に維持管理していこうという考え方ですが、おかげさまでわずか3年ほどで元日の初詣に3千人が訪れるようになりました。

 

ではなぜ、地元の人たちが今まで見向きもしなかった神社がわずか数年で人があふれる観光の名所になったかといえば、これはローカル線と全く同じなのです。ローカル線だって、地元の人たちは「こんなもの要らないよ。廃止しよう。」と言っていたものが、わずか数年で観光鉄道になる。これは、一言でいえば、都会人が求めているものが田舎にあるということで、そのことを田舎の人は気づかないか、気づいていてもいろいろなしがらみで、いざ動き出すことができないまま、廃止されたり朽ち果ててきたというのが実情なんです。

 

そこで、お墓の話に戻るのですが、お墓というのは、都会人の、それもこれからの人たちにとって見たら、維持管理していくことができるのかどうか、不安になります。特に少子化の時代ですから、子供がいない夫婦や、いても一人っ子のような家庭で、自分たちのお墓を将来的にどうやって維持管理していくのか、本家の跡取以外の人だったら、当然そう考えると思うのです。

まして、維持管理というのは、将来的な出費も伴うわけですから、自分がいなくなった後、どうやってお参りしてもらおうか、維持管理は誰がやるのかというと、都会の人は誰もがみんな悩むところであるわけです。

そして、田舎は田舎で、人がいなくなって檀家さんがいなくなる。檀家さんの数が減って行けば、当然お寺そのものの維持管理も難しくなってくるという現状があって、都会と田舎でそれぞれ悩んでいることを合わせて考えてみたら、もしかしたらその機にビジネスマッチングできる需要があるのではないか。そうすれば、都会人も将来的な悩みが解消できるし、田舎もお寺やお墓が維持していくことができる。ローカル線と同じように、地域にとっても都会人にとっても、どちらにもプラスになる使い方があるのではないかと、田舎にいて、そんなことを考えるようになってきたのです。

 

(つづく)

お墓について考える。

 2017.03.21 Tuesday 

昨日はお墓参りへ出かけました。

 

日本には春と秋にお彼岸があって、夏にはお盆があります。

日本人は季節の節目節目ごとに先祖について考えて、祖先を敬う気持ちになれることは素晴らしいことだと思います。

自分たちがこの世に生を受けて、今こうして生きていられるのはご先祖様あってのことで、命というものが過去から脈々と続いているからこそ、この人生を送ることができるということですから、大変ありがたいことであり、自分が今幸せであるとかいう以前の問題として、祖先を敬うことは、自分たちの務めのような気がします。

 

日本は面白いことに政治と宗教の話がタブーになっているようなところがありますから、SNSで私がこういう話をすると、いや、私に限らずとも、誰が話題に上げたとしても、宗教の勧誘だとか、あるいは政治の話では右だとか左だとか言い出す人も少なからずいるわけですが、そういうある種の近視眼的な短絡的話ではなくて、やはり、季節の節目節目ごとに、先祖の皆様方に感謝する気持ちになれる状況は、実にありがたいのではないかと思います。

なぜなら、昨今、例えば鉄道の列車に身を投げて自らの命を絶つ人たちも多くいると報じられておりますが、もし、私たちの先祖の誰か一人でも、子孫を残すことなく自ら命を絶つ人間がいたとしたら私たちはこの世に生を受けていないわけであり、自分の意志にかかわらず、戦争で命を失ってしまった人が祖先にいるとしたら、やはり私たちは今ここにいないのですから、先の戦争で不本意ながら命を失ってしまった方々が何十万人、何百万人いる中で、何はともあれ、生き延びて、子孫を残してくれた御先祖様には感謝してもしきれないわけです。

 

さて、私の家のお墓は、父方は池袋の雑司ヶ谷、母方は板橋の不動尊にありますが、父も母も跡取ではありませんから、自分の家としての墓はありませんでした。私は一人娘をもらった関係で、妻の実家の墓も何とか守らなければならない立場にあるわけですが、妻の父も母も跡取ではありませんでしたから先祖からの墓はありません。もうかなり以前になりますが、二人とも元気だったころに、「墓を何とかしなければならない。」という話になりました。

つまり、自分たちの入る墓をつくらなければならないということで、ある時、じいさん(妻の父)が、「墓地が売りに出されているから見に行きたい、一緒に行ってくれないか。」ということで市内の売出し中の霊園を訪ねました。

 

私も家内も墓地など買う気はありません。まして妻は「自分が死んだら骨を海にでも撒いてくれればそれで良い。」という人ですから、墓など見に言ってどうするのよ、という感じだったのですが、自分の父親が言い出したことだし、反対もできず、私が「おじいちゃんがそう言うんだから見に行こうかね。」ということで、売出し中の霊園を見に行ったわけです。

もちろん、買うつもりなどないですよ。

 

そして、霊園に着いて、売り出していた墓地の区画を見たら、驚いたわけです。

何と、その売出し区画が、C区5列7番とC区5列8番。

私はそれを見た瞬間に目が輝きました。

これこそ、ご先祖様のお告げに違いありません。

その場で、「おじいちゃん、この区画買いましょうよ。」と言いました。

そして、「2つ連続して買いましょう。うちの墓もここにします。」と決めてしまったのです。

 

 

 

 

だってそうでしょう。

たまたま見に行った佐倉の霊園でC−57とC−58ですよ。

買うっきゃないじゃないですか。

 

私の場合は釧網本線の茅沼駅の敷地を購入した時もそうですが、人生の大きな決断というのは何の前触れもなく突然やってきて、5分も悩むことなく、その場で決めてしまうことが多いのですが、これも何かの巡り会わせではないでしょうか。

 

ちなみに、鉄道ファンじゃない方々のために、なぜ私がこの番号で墓を決めたかというと、佐倉というところはかつては鉄道の街としてにぎわったところで、C57とC58という機関車が主として配属されていて、千葉県中の線路で大活躍していた機関車の基地だったのです。

 

▲佐倉機関区の転車台に乗るC57。

 

▲総武本線と分岐して南酒々井へ向かうC58。

 

▲総武本線佐倉ー酒々井間を走るC57牽引列車。

この写真を撮影した場所からほど近いところにお墓を買ったわけです。

 

と、まあ、このブログを読んでいらっしゃる皆様方も、区画の番号が気に入ってその場で何百万円もの買い物を、それも当面不要なものを決めてしまう私の決断力を尊敬するか、「阿呆だなあ」と思うかどちらかだと思いますが、喜んだのはじいさんで、その喜んだ理由というのは、娘夫婦の墓が隣にあれば、自分の墓もずっとずっと墓参りをしてもらえるから、ということでした。

 

そして、その時に買った区画に、じいさんはいろいろ試行錯誤の上、自分でデザインした気に入った墓石を立てて、今、そこに眠っているわけですから、私も年に3回、欠かさずお墓参りに行くのです。

 

ということで、お墓参りへ行ってきたのでありますが、実は、私は墓参りが趣味のようなところがありまして、雑司ケ谷にある父方の墓へも、思い立った時に、あるいは都内へ出かけたついでに時々立ち寄ってはお線香をあげてくるのでありますが、その理由は、実は私にとってお墓はパワースポットのような場所で、オカルト的な話ではありませんが、お墓へ行って、ご先祖様に手を合わせると、いろいろ気づきを与えてもらえると考えているからで、生きているうちにはあまりいろいろ教えてもらえなかった自分の父親からも、何かメッセージがもらえるような気がするから、不思議な場所なんです。

 

このように、私のような人間であれば、まあ、お墓参りも定期的に行くわけですが、では、うちの息子たちが将来私やじいさんの墓参りをしてくれるかといえば、はなはだ疑問なわけで、その理由はみな卒業して佐倉の地元を離れていますし、育った家に仏壇があったわけでもなく、特別な教育をしてきたわけでもありませんから、墓参りや祖先を敬うなんてことは、いわゆる今風の若者としてはどうなのかなあと思うのでありまして、墓参りが趣味という私のような人間でもない限りは、墓というものをある場所に固定してしまうことで、彼らにとって大きな負担になるのではないか、と、そのように考えるようになってきたのであります。

 

(つづく)

 

万博鉄道まつり

 2017.03.20 Monday 

昨日おとといと大阪で開催されました万博鉄道まつりのご報告です。

 

いすみ鉄道は毎年参加させていただいておりますが、10月の日比谷公園に次ぐ大きな鉄道イベントで、会場の広さを考えると、もしかしたら万博の方が日比谷を凌ぐかもしれないと思うほどたくさんのお客様にいらしていただきました。

 

 

 

こんな感じの大混雑でした。

 

でも、こちらは中心に近い有料出展ブース。

いすみ鉄道は無料出展ブースですから会場内の端の方でしたが、それでも目標額をクリアする売上げを上げることができました。

ご来場いただきました皆様、ありがとうございました。

 

▲ちょうどテレビの取材を受けているところです。

▲秋田内陸縦貫鉄道からはアテンダントのお姉さんがいらしてました。

▲かの有名な中井精也先生。私が小さく見えます。(笑)

▲京都丹後鉄道の寒竹社長さんです。

社長自らいらしている鉄道は、いすみ鉄道と京都丹後鉄道ぐらいでしょうか。

寒竹社長さんは元赤い翼の幹部の方ですから、考え方や鉄道業界の見方も似ているということで、意気投合しています。

 

今後、様々な点でコラボ展開していきたいなあと考えております。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

いすみらい美術館 駅名ネーミングライツ

 2017.03.19 Sunday 

昨日出発式を行いましたドコモさん主催の「いすみらい美術館列車」。

 

ドコモ未来ミュージアム15周年記念企画として、いすみ鉄道沿線で展開されている「中高生いすみ鉄道存続プロジェクト」とのコラボ企画です。

 

実はこういう大きな企画は昨年からお話が進んでおりまして、「あれをどうしよう。」「これはどうやろう。」と、できない理由を一切排除して、いすみ鉄道の営業担当者が一生懸命頑張って進めてきておりましたが、これはいすみ鉄道の企画商品ではありませんから、情報解禁になるまで、私の口からはお知らせできなかったのです。

 

では、どういう準備が進められてきたのかというと、ドコモさんが各学校をまわって企画の趣旨説明をして、生徒の皆さん方と様々な打ち合わせや作業を行ってきました。

 

 

その1つがこれ。

2月初旬に行われたワークショップです。

 

今回の企画では、駅名ネーミングライツをドコモさんにご購入いただいて、プロジェクト会議の皆様方がその駅名を付けましょうということで、この日の会議で決定したところです。

 

 

 

各学校別ではなく、中学高校入り乱れて混成チームを作り、自分たちで話し合いながら、コンセプトに従って物事を決めて行くワークショップです。

これで決定した駅名が、実際の駅に取り付けられるわけですから、彼らにとって見たら大きな達成感が伴う貴重な経験だと思います。

 

 

 

 

 

この時決まった駅名が、新田野、上総東、西大原、大原の各駅に取り付けられました。

1年間、この駅名掲示を行いますので、皆さん是非記念撮影に使ってくださいね。

 

ところで気づきましたか?

 

ド・コ・モ・未来

 

いすみらい美術館の詳細は、こちら にてご確認ください。

 

多感な時期をいすみ鉄道と一緒に過ごした沿線の彼らが、未来へ向かって羽ばたいてゆく春なのです。

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