公募社長総括 8 自社養成乗務員訓練生について

 2018.06.08 Friday 

このあいだ取材を受けていて、「一番の思い出はなんですか?」と聞かれました。

 

私は即座に、「自社養成運転士制度です。」と答えました。

 

ムーミン列車とかキハとか、あるいはレストランなど、いろいろやってきましたが、それは皆商品を作り出したものなのですが、自社養成運転士制度は、人材を作ったものだからで、いすみ鉄道に飛び込んできてくれた人が、今、立派に列車を運転し、接客している姿を見ると、本当に感慨深いものがあります。

 

私が就任した時に、国交省の千葉運輸支局に佐藤支局長さんという方がいらして、実にいすみ鉄道に良くしてくれまして、親身になっていただいたのですが、その理由は、「実は、私は木原線を廃止にするための書類を作った人間なんだ。」とおっしゃいました。あれは間違っていたと今では思うようになったから、だからいすみ鉄道には残ってもらいたいんだということでした。

おもしろいお話があって、実は佐藤支局長さんがまだ若いころ、木原線の乗車人員を調べに調査員として大原にやってきました。

大原の旅館に泊まって、朝から駅で乗車人数を数える仕事です。

当時の国鉄は、このように利用実態調査というものを行って、ある一定数に達しない路線は廃止にするというルールで廃止か存続かを決めていました。そして、その利用実態調査の役割を担ったのが、まだ若かったころの佐藤支局長さんだったのです。

 

当時のローカル線沿線は、いつ国鉄の人間が利用者数の実態調査に来るかと、皆さん気を揉んでいるころでした。そんな時に駅の近くの旅館に「見かけない人間が泊まっている。」となれば、「いよいよ来たか。」ということで、町中に連絡が入ります。田舎の町のことですからパ〜ッと情報が回ります。すると、翌朝は朝早くから列車が満員になるという状況でした。町中のみんなが、利用者数を稼ぐために、朝から列車に乗るなどという笑い話のようなことが実際に起きていたのです。

 

これでは正確な実態調査になりませんから、若かった佐藤支局長さんは大原ではなくて隣町の御宿に宿をとって、そこから利用実態調査を行ったそうです。これでは大原の町には情報が入りませんから、正確な利用者数が測れます。そして、その正確な利用者数をもとに、「木原線は廃止対象」という報告書を書いたのです。

「私は木原線の死刑執行人のようなものですよ。それが今でも悔やまれるんです。だから、いすみ鉄道には何とかして残ってほしい。」

佐藤支局長さんの口癖でした。

そして、私にこう言われました。

「社長、注意しなければいけないことがありますよ。社長ががんばれば多分いすみ鉄道は存続できるでしょう。だけど、存続したところで列車が走らなくなる危険性がありますよ。」

「どうしてですか?」と私が尋ねると、

「乗務員がいなくなるんですよ。今は全国的に乗務員不足です。そして、乗務員は一朝一夕には揃いませんから、その所をよく注意してください。」

こう言われました。

 

なるほど、そういうことですか。

 

いすみ鉄道はそれまではJRから運転士さんを出向として派遣してもらっていました。

ところが、もう今までのように派遣することが難しくなったと言われてはじめていました。

なぜなら、いすみ鉄道はディーゼルカーですが、JRはほとんどが電車です。電車とディーゼルカーは運転する免許が違いますから、電車の運転士さんはいすみ鉄道のディーゼルカーを運転できません。

千葉県の運転士さんは、昔の人はディーゼルカーから始まって電車へ移行しましたので両方の免許を持っていますが、それは昭和50年までに運転士さんになった人たちの話で、それ以降に運転士になった人たちは皆さん電車の免許なんです。

昭和50年に成田線、総武本線の全線電化が完成し、千葉県の路線は久留里線を除いてすべて電車になりましたから、その時までに運転士になった人たちはディーゼルカーの免許を持っているのですが、昭和50年といえば、私が就任した2009年の時点で34年前でしたから、当時22歳で免許を取ったとしても皆さん50代後半になっていて、つまりは今後、そういう人たちが退職してしまえば、いすみ鉄道に運転士を派遣することができないということなのです。

 

2000年以降、日本全国の第3セクター鉄道では同じ問題を抱えていました。

国鉄時代の余剰人員の受け皿となっていた第3セクターでしたが、実はこの時すでにJRは余剰人員は解消されていて、もう第3セクターに運転士を送り込むことは難しくなっていました。ところが、第3セクターとしてはJRが運転士を派遣してくれる前提で経営計画を立てているところがほとんどでした。その理由は、JRが派遣してくれる場合、賃金の約半分をJR側が負担してくれるというお約束があるからで、第3セクター鉄道としてみれば、半分の賃金で一人前の運転士を手に入れることができるわけです。

いすみ鉄道の場合もまったく同じで、開業以来、JRから運転士を出向として派遣してもらう前提で経営計画を立ててきていて、プロパー運転士の養成は20年間で2人しか行なってこなかったのです。

これは当時の経営陣の怠慢以外の何物でもありません。公務員の卒業生が数年ずつ担当してきた第3セクターの無責任経営の顕著な部分は、根本的にこの会社をどうしようかということではなくて、自分がいる3〜4年位の期間中だけ、安泰でいられればそれで良しという考え方です。平成15年ごろからどこの第3セクターでもJRからの出向運転士からプロパー運転士への移行をしてきていたにもかかわらず、いすみ鉄道の場合は、経営陣の誰もが人件費の上昇を伴う改革を言い出すことすらせずに、数字だけの計算をして「ずっとこのままでいいや。」とばかりに、プロパー化を怠っていて、それがいよいよJRの方から運転士を出せないよと言われて、「さあ、どうしましょう。」となって来ていたところへ、私がのこのこと「公募社長です。」といって入ってきたわけで、つまりは今までのツケを払わされるという貧乏くじを引かされたようなものでした。

 

そこで私は、「訓練費用自己負担の自社養成運転士の採用」ということを考えたのです。

 

これは当時、YAHOOのトップニュースになるほど話題になりました。

訓練費用700万円を自分で払って運転士になるなんて前代未聞の乗務員養成です。

ちょうどそのころ、佐藤支局長さんは横浜の関東運輸局の総務部長の職に転勤されていて、私が関東運輸局に行くと、「社長、とんでもないことを考えたね。局の中、大騒ぎになってるよ。」と笑って対応してくれました。

「大騒ぎ」とは当然のこと。何しろ前例主義のお役所の中で、まったく新しい考え方なのですから、そりゃあ大騒ぎになりますよね。

でも、私自身の考えでは自分で訓練費用を払う制度は別に特別なことでもなんでもありませんでした。

 

日本で、「資格を取得して、その資格を持って就職する。」という制度を考えた場合、お医者さんでも弁護士さんでも学校の先生でも、まず、自分の時間とお金と能力を使って資格を取得します。そして、その資格を持って職に就くのが当たり前の社会システムです。交通機関でも同じで、バス、タクシー、船、果ては飛行機までも、まず自分で資格を取得することが可能です。そして、その上で、例えば大型2種などを取得してバスの運転士になったりするのですが、鉄道だけは違うんです。

鉄道だけは、まず鉄道会社に入って、そこで養成してもらうというシステムで、この鉄道のシステムは、日本ではちょっと特殊な部類なんです。

当時、いすみ鉄道が訓練費用自己負担で運転士の募集を開始すると、「そんなことで安全性が保たれるはずがないだろう」という意見がたくさん寄せられました。でも、私はそういう外野の声に耳を傾ける必要はないと考えました。なぜなら訓練費用自己負担と安全性とは直接リンクすることはありません。単なる感情論なんですね。私は若いころ自分で飛行機の操縦訓練を受けて、小型機に乗っていました。技能的にも費用的にも大変な苦労をしましたが、飛行機の世界では、まず自分で免許を取得することが可能なんです。そういう感情論の方々に申しあげたいのは、「どうして飛行機で認められていることが、鉄道では認められないのですか?」ということで、なぜなら、飛行機と電車の運転と、どちらが難しいですか?と問えば、小学生だって「飛行機の方が難しい。」と答えます。その小学生でも理解できる運転が難しい飛行機で、自分で免許を取ることが認められていて、どうして鉄道では認められていないのでしょうか? というところです。

なにしろ、鉄道はダイヤに従って走りますから、走っていくと基本的には信号は全部青なんです。列車が近づいていくと踏切は全部閉まってくれるし、線路の上を走るから右へも左へも行かないんです。鉄道の運転が難しいとすれば、慣性が大きく働きますから車のようにはすぐに止まれない。つまり、先々のことを考えて手順をあらかじめ頭の中で想定しながら運転しなければならないという運転特性なんです。私は飛行機の操縦訓練を受けてきましたから、そういうことだと理解していました。だから、きちんとした訓練を受けて免許を取得できれば、訓練費用を自己負担することは安全性に直接係わることではないのです。

 

だから、私は、皆さん方に「まず、自分の能力と時間とお金を使って資格を取りませんか? そうしたらうちで採用しますよ。」という、日本でごく当たり前に行われている就職のための免許取得システムを導入したのです。

訓練費用700万円は、養成期間中、約2年間、何度も訓練列車を走らせたり、あるいは雇用契約を結んでいますから賃金としてお支払したりするためのもので、つまりはデポジットのようなものなんですね。大きな会社なら気にならないような養成費用も、いすみ鉄道のような会社では大きな金額ですからね。

 

また、年齢制限も設定しませんでした。

いくつになってもチャレンジできる制度にしたのです。

飛行機のパイロットもそうだし、電車の運転士もそうですが、たいてい採用条件の中に年齢制限というものがあります。その理由は若ければ若いほど訓練の上達が早く、資格を取得させることがスムーズだからです。いくら訓練を積んでも上達しなければ会社にとってリスクになります。だから会社はリスクを取りたがりません。これが年齢制限です。でも、それは会社が人件費や訓練費をかけて訓練を施すからリスクになるのであって、その訓練費用を払うというリスクを訓練生が自分で負うのですから、年齢制限を設ける必要はないのです。

当時、日本経済はなかなかリーマンショックから立ち直ることができず、日本のおじさんたちは元気がありませんでした。そういう時代でしたから、私は自分も含めて、おじさんたちがわくわくするようなことがあってもよいのではないかと考えていたのです。

 

実は、私は確信していたのです。700万円は高額ですが、必ず応募してくる人がいるだろうということを。

なぜなら、私自身が子どものころから電車の運転士になりたかったけど、当時の国鉄改革で採用がなくて運転士になれなかった人間だからです。

当時は国鉄改革の真っただ中で、国鉄は余剰人員対策で人減らしをしている時でしたから新規採用などありませんでした。だから、子供のころからの夢だった電車の運転士になることができなかったのですが、世の中にはきっと私と同じような思いの人たちがいるに違いないと考えました。

「本当は電車の運転士になりたかったんだけど。」

そう思いながら、今は違う職業についている40過ぎの人たちがいるに違いない。

日本全国にそういう人が数人いればよいだけの話ですから、これは十分いけると確信しました。

そして、20数名の応募者の中から4名の訓練生第一期生が誕生したのです。

 

さてさて、このような「お金を払ってでも運転士になりたい。」というような人たちを募集することに対して、一番危機感を抱くのは誰かというと、それは今現在乗務員として働いている運転士さんたちです。

そんなことが起きれば「ジョブ・セキュリティー」(雇用の危機)に係わりますからね。つまり、お金を払ってでも運転させてほしいという人たちが入ってくれば自分たちの仕事がなくなるという危険性があるわけで、泣く子も黙る労働組合としては由々しき事態です。

ところが、その泣く子も黙る労働組合の幹部経験者の方が、私にこう言うのです。

 

「社長は面白いことを考えるね。確かに、これが一番良い方法だよな。俺たち協力するからね。」

 

これはありがたい言葉でしたね。

あとで分かったんですが、労働組合の幹部経験者だと、会社もレッテルを貼るし身構えるわけで、そういう人たちは教官にはさせないし部下も持たせなかったのです。でも、労働組合の幹部の人たちって、仕事でミスすると会社から突き上げられる危険性があるから、とにかく仕事はまじめで、きちんとしているんです。私も30代のころ、かなり尖がっていて組合幹部として会社とやりあっていましたからよくわかるんです。彼ら運転士さんたちも実にきちんとした仕事をしていて、基本に忠実に、非の打ちどころがないような乗務をしている。30数年運転士としてやって来ていれば、だいたい少し手を抜いたり適当な仕事をしそうなもんですが、50後半になっても基本に忠実に、きちんとした仕事をしている。ところが会社からは評価されてこなかったのです。

私は、いすみ鉄道にとっては、そういう運転士さんの技量や経験というのは、会社の財産だと感じました。だから、後輩を養成することでその財産と経験を会社に置いて行って欲しいとお願いしたのです。

 

皆さん快諾してくれて、訓練生と教官をペアにして乗務訓練を行いました。

60近い教官にとっては、長い運転士生活で初めての教え子です。

人に教えるためには、まず自分の乗務態度を一から見直します。

部下を持つと、教官自身も今までの運転態度とは少しずつ違ってきました。

それと、初めての後輩育成ですから、皆さん自宅に案内して食事をご馳走したり、家族同様に本当にかわいがってくれて、2年の歳月をかけて立派な運転士さんが誕生したのです。

だから私にとってみたら、この自社養成乗務員訓練生で誕生した運転士さんたちは、今ではすでに退職された教官たちの技術を引き継いだかけがえのない存在なのです。

 

▲2011年12月。いすみ鉄道に誕生した自社養成運転士第1期生です。

 

今、いすみ鉄道にはそういう運転士さんが11名在籍し、日々の輸送を支えてくれています。

 

後日、この自社養成のお話をNHKがドラマにしてくれました。

吹石一恵さん主演のドラマです。
そのドラマが放映された数日後、私のところに一本の電話がかかってきました。

 

「社長、ドラマ見たよ。良いドラマだった。国家試験に落ちるシーンがあったけど、あれって、俺の時の話だよね。」

 

電話の向こうで笑っているその声は、あの関東運輸局の神谷局長さんでした。

前代未聞の自社養成訓練制度でしたが、やはり神谷さんがいろいろお力を貸してくれていたんですね。

佐藤支局長さんと言い、神谷局長さんと言い、心ある人たちに守られて、いすみ鉄道の今日があるのです。

 

▲ NHK千葉放送局制作 ドラマ 「菜の花ラインに乗り換えて」

 

ここに動画がUPされているのを見つけました。自己責任でご鑑賞ください。(ログインしないと広告がたくさん出るようです。)

「pandora.tv」

 

私は、今回自分が退任するに当たり、彼ら自社養成の乗務員にお話しさせていただいています。

これからもいすみ鉄道は千葉県がしっかりやっていくと約束してくれたので、安心して乗務を続けてほしい。

そして、ローカル線を次の世代につなげて行って欲しい。

それが私の希望でありお願いです。

 

先日も、私が退任するのでさぞ不安だろうなあと思ってお話をさせていただいた時、ある運転士さんがこう言いました。

 

「社長、私は大丈夫ですよ。それよりも、私のことを運転士にしてくれてありがとうございました。社長がいなかったら、私は子供のころの夢だった運転士になることができなかったんですから、本当に感謝しています。」

 

その場は、「そうか、じゃあ安心だ。」と言いましたが、あとで一人になった時、私は涙があふれました。

本当にありがたいと思いました。

 

そして、こういう人たちが、今、いすみ鉄道で乗務員として活躍してくれているのですから、いすみ鉄道は素晴らしい鉄道だと自信を持って言えるのです。

 

50を過ぎたおじさんたちが、職業を通じて自己実現する。

いすみ鉄道は、本当にすばらしい人材に恵まれたと、私は確信しています。

 

これからもしっかり頑張っていってください。

蔭ながらになりますが、引き続き応援させていただきます。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

公募社長総括 7  「撮り鉄さん、いらっしゃい。」

 2018.06.07 Thursday 

いすみ鉄道でキハ52を走らせる話が決まると、いすみ鉄道の社内や応援団の皆様の中で、「写真だけ撮りに来る人たちに対して、どういう対応をしようか。」という意見が出始めました。

 

キハ52は、JRからオンボロのディーゼルカーを導入したとはいえ、いすみ鉄道にとっては大きなお金をかけての勝負になります。そういう時に、乗りもしないで写真だけ撮りに来る人たちに対して、どうやったらお金になるか、何とかそういう人たちからお金が取れないかという話題が起きたのです。

例えば、渓流で釣りをするときなどは、入漁料を地元に支払って証明書を発行してもらい、その証明書を携帯して自分がきちんと許可を得ているということを証明する制度がとられていますが、それと同じように駅売店で撮影料を払ってもらって、証明書を発行し、社員や応援団の人たちが撮影地を歩いて確認してはどうか、などという意見が出されました。

いすみ鉄道がキハ52を導入して観光用に走らせるのは、ただで写真を撮りに来る人たちのためではないから、そういうちゃっかりした人たちは許すべきではないという考え方です。

皆さん、いすみ鉄道のことを真剣に考えてくれるのが私にはとてもうれしいことでした。でも、私は、「写真を撮りに来るだけでも良いのではないかな。」と考えていました。

 

鉄道会社というのは、基本的に撮り鉄が嫌いです。

「あいつらが来ると線路の中に立ち入る。」とか、「あいつらが来ると列車を止める。」とか、そういう考え方があると思います。

でも、私は、そうじゃないと考えました。

その理由は、キハ52というのはいすみ鉄道の商品であって、撮り鉄さんたちは自社商品のファンであるからです。

自社商品のファンに向かって、「お前らは来るな。」という商売はないんです。

ではなぜ、鉄道会社が撮り鉄に対して「来るな。」と言うかというと、乗らないからなんです。

乗らないから客じゃない。

これが理由ですね。

でも、それっておかしいと思います。なぜなら、「買わないから客じゃない。お店から出ていけ。」と言う商売はありませんからね。

世の中にはウインドゥショッピングというのもあるわけで、買わないから客じゃないということもおかしいと私は思いました。

まして、いすみ鉄道は長年地域の支援で成り立ってきた第3セクター鉄道です。地域に人がたくさん来れば、たとえ直接的にいすみ鉄道の運賃収入にはならなくても、必ず地域にとってプラスになるはずですから、私は「写真を撮りに来るだけでもよいから来てください。」と申し上げました。

 

 

 

 

駅の構内に入るためには入場券を買ってもらおう。そう考える職員もいましたが、私は「改札要員をきちんと配置する経費を考えたら、撮影自由にして良いよ。」と言って、入場券を買わなくてもどうぞお入りくださいと言うことにしました。

 

 

これがその証拠のテレビ番組です。

確かに、そんなことを言う鉄道会社はないかもしれませんね。

でも、私は、世の中というものは、まず自分から門を開かなければと考えていますから、傍から見れば「大盤振る舞い」に見えるかもしれない無料開放をやったのです。

 

そして、サポーター(年間5000円)、車両オーナー(5万円)、プレミアム車両オーナー(50万円)という制度を作りました。

ご支援をいただく制度を作ったのです。

 

「サポーターになって年間5000円払ったら何があるの?」「5万円と50万円の違いはなんですか?」

時々そう聞かれることもありますが、違いは特にありません。(笑)

強いて言うならば、払ってくれる人の気持ちが違うんです。

自分が払える金額を払っていただければ、私はそれでよいと思います。

5000円がダメで、50万円が良いというものでもありません。

学生さんの5000円と、会社の社長さんの50万円では、もしかしたら学生さんの5000円の方がはるかに重いかもしれません。

だから、キハに対する思いを、自分ができる範囲でお支払いいただくことが、実に尊いと考えています。

今でも、こちらから期限の通知を出さなくても、皆さん自主的にお支払いいただいていますが、それは、「なかなか行かれないけれど、いすみの空の下でキハが走っていることがありがたい。」という皆さんの気持ちの表れで、撮影料金や入場券を払ってもらおうと考えなくても、皆さんの気持ちがちゃんと伝わってくるのは、鉄道ファンならではで、ありがたいことだと思います。

 

まあ、人間ですから、中にはちゃっかりした人もいて、いすみ鉄道に1円も払わないでしっかりキハを撮影して、「俺は得をした。」と思っている人もいるとは思いますが、私の人生経験からすると、そういう人も長い人生の中ではどこかできちんと帳尻が合うようにできているものですから、いちいち目くじらを立てることでもないと思います。

得をしたと思っているようで、徳を失っているのですからね。

 

まあ、このように大らかな気持ちで「写真を撮りに来るだけでもよいから来てください。」ということを申し上げていると、撮り鉄さんからは、「いい会社ですね。」と言われるようになって、そうなると好意的なメッセージが発信されるようになります。そして、その好意的なメッセージに、皆さん方の力作が一緒に発信される。「いすみ鉄道はすごいぞ。昭和だぞ。」「俺たち堂々と写真を撮ってられるぞ。」というようなメッセージです。

 

 

とにかく撮り鉄さんたちというのは、いろいろな風景を探してくれますから、地元の人たちでも知らないようなきれいな写真をいっぱい撮ってくれます。そして、その写真がどんどん拡散していくのですから、地域にとってはありがたいことではないでしょうか。

 

そんなある時、私のもとに1通のメールが届きました。

自分は昭和の自動車をコレクションしているのですが、大多喜に持って行ってもよいでしょうか? というメールです。

私はすぐに、「ぜひ持ってきてください。」と返事を出しました。

 

 

そうしたら次の日曜日にこの自動車がやってきたのです。

これは素晴らしい。昭和の三輪自動車。それも日通カラーです。

なにしろ、これだけで駅前に人だかりができました。

みんな写真撮りまくっています。

そして、その写真がまた拡散していきます。

「今日のいすみ鉄道。」とか、「大多喜駅は昭和です。」などというメッセージとともに、すごい勢いで拡散していきます。

 

 

そうしたら次の週にはボンネットバスまで来るようになりました。

これはもう事件ですよね。

駅の駐車場に昭和の自動車が並んで、その後ろの線路を昭和の国鉄形ディーゼルカーが通るのですからこれだけで観光地です。

 

 

ほら、みんな待っているのですから。

そして、この人たちが一斉にシャッターを切って、その写真がまたどんどん拡散していく。

 

 

いつの間にか、季節を問わずいろんな車が集まるようになりました。

申し上げておきますが、いすみ鉄道は一切お金を払ってはおりません。

自動車のオーナーさんたちが、どんどん持ってきてくれるのです。

 

最初に日通カラーの三輪自動車を持ってきてくれたオーナーさんに、このあいだ言われました。

「俺のメールに、まさか返事をくれるとは思っていなかったけど、社長が返事をくれたところから、俺たちはこういう世界を見ることができた。本当に感謝している。」と。

車のオーナーの皆さんは応援団に入ってくれて、今ではすっかりお友達で、国吉駅からボンネットバスの体験乗車など行なうようになりましたが、ことの始まりは一通のメールだったんですね。

 

それもこれも、「写真撮りに来るだけでもいいから来てください。」と最初に言った言葉から始まっているんです。

その時に考えたことは、「たとえ鉄道運賃収入に直接結びつかなくても、地域に人が来れば必ず地域にとってプラスになる。」ということ。

だって、1両のキハ52に何人のお客様が乗って、鉄道会社の収入がいくらになるかなどと考えても、所詮大した金額にはなりません。1万人乗って、急行料金収入は300万円ですからね。

でも、写真を撮りに来たり、ドライブの途中に立ち寄ってくれる人たちもたくさん来ていただけるようになって、わずか数年で、しっかり地域が賑わうようになりましたから、地域にとって大きなプラスになっていると私は確信しています。

そして、このゴールデンウイークで運行開始から7年間で20万人にご乗車いただきました。20万人ということは急行料金だけで6000万円ですから、なんだかんだでしっかり元は取っていると思いますよ。だって、別に運賃収入も当然入ってくるのですからね。

キハは決して儲からないというものではないのです。

地域も含めて、しっかり儲かっているのですから。

 

キハ52の次の検査は2020年春です。

それまでは多分走ると思いますが、その検査を通すかどうかは次の経営陣の判断となります。

「いつまでも走ると思うなキハ52」ということで、皆様、これからもいすみ鉄道をどうぞ盛り立ててくださいね。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

公募社長総括 6 なぜキハなのか

 2018.06.06 Wednesday 

ムーミン列車が走り始めると、いすみ鉄道沿線にはたくさんの観光客、それも女性のお客様がいらっしゃるようになりました。

女性の皆さんは購買力もありますから、お土産もたくさん買ってくれる。そうして売り上げもどんどん上がって、いすみ鉄道は存続することができました。

そう、いすみ鉄道は女性の皆様方のお力をいただいて、存続を勝ち得たのです。

 

ところが、女性がたくさん来るということは、男性もたくさんいらっしゃるということで、旦那さんが運転して来たり、ボーイフレンドと一緒に来たり、なんだかんだで男性客もたくさんやってくるのですが、その男性客を見ていると、実につまらなそうなんです。

「ムーミン列車なんて興味ないんだけど。」という感じです。

そこで私は、存続が決まったらすぐに次の手を打たなければなりませんから、今度は男性向けの列車を走らせようと考えてみました。

 

本当は就任当初から男性向けの、それも鉄道ファンの心をくすぐるような列車を走らせたかったんですが、鉄道好きの人間が社長になって、鉄道ファン向けの列車を走らせるのは、私は邪道ではないかと考えていました。それだと自動車や生命保険のセールスマンが、親兄弟や親戚一同に契約を求めるのと同じですから、自分のビジネスの力を試すのであれば、そういう手近なところではなくて、顧客開拓をしてこそだと考えて、一番苦手な、女性向け商品としての「ムーミン列車」にチャレンジしたのでありますが、それである程度の成功を収めたのだから、次は好きなことをやらせてもらおうと考えたのです。

 

ちょうど2010年の夏でしたが、JRの友達から、大糸線のキハ52が退役するので、いすみ鉄道でどうかという話をいただきました。

でも、私はいろいろ考えて、ちょっと話を保留にしたんです。

それは何かというと、いすみ鉄道は旧国鉄路線ですから、国鉄形の車両が走ることはできるでしょう。でも、キハ52ってどうなのよ? という感じです。

国鉄形ディーゼルカーというのは、私の時代もさんざん乗りましたから懐かしいんですが、それは蒸気機関車の撮影に行くために乗ったのであって、キハ52そのものが乗車の目的で乗った車両ではないんですね。

だから、私自身には観光列車としては疑問があったんです。

「はたして、それで人が集まるのだろうか。」という疑問です。

 

▲昭和の時代のキハ52。1976年、田老駅。

▲蛍光灯にステンレスの窓枠の列車よりも、蒸気機関車が引く木造の旧型客車にあこがれていた世代です。

 

ところが40代以下の人たちに聞くと、「キハ52は素晴らしい。」と言います。

年齢の差が10歳離れると、価値観が違うんですね。

私たちのころはもっと古い蒸気機関車や旧型客車を追いかけていましたので、キハ52は比較的新しい車両でしたが、蒸気機関車がなくなった後の世代の皆さんにとっては、キハ52が一番古い車両になりましたから、つまり、それが追いかけるターゲットになったわけです。

子供のころのことを思い出してみたら、例えば函館本線で最後の活躍をしたC62が廃止された後、もし、千葉県に来て走ることになったとしたら、これはすごいことになっていたはずです。飛び上がって舞い上がったと思います。だから、大糸線で最後の活躍をしたキハ52が、引退した後に千葉県で走るようになれば、ファンの人から見たら夢のような出来事で、大きな反響になるはずだろう。私はそう考えて、自分が子どものころに見ることができなかった夢を、今の若い人たちに見せてあげてもよいのではと思いました。

 

それと、もう一つは、商売の話になりますが、観光用の車両というのは基本的には土日や祝日だけの運行です。そういう季節波動の大きい運用には新車を入れることはよくありません。なぜなら、大きなお金を投入して導入した新型車両が、平日は車庫で眠っているのですから経営効率としてはよくありませんからね。昔から、年末年始の波動輸送用の臨時列車などには、ふだん使われていない予備の車両が充当されるのがお決まりでしたし、最近でもJR九州の「ゆふいんの森」などの観光列車も、基本的には古い車両を改造して作られています。だから、うまくいくかどうかわからない時点では、観光用に新型車両を入れるべきではないのです。

これが私の考え方です。

 

いすみ鉄道は、存続が決まってから新車に置き換える話が進んでいました。当時6両あったいすみ200型を新型車両6両に置き換える予定でしたが、私は沿線の高校生の減少などを考慮して、置き換えは5両で十分と判断しました。ところが、5両で十分と判断して進み始めたころから、観光のお客様が増えはじめまして、観光用にも車両が必要と考えるようになりましたので、1両減車した分を中古の車両で充当するという手段で、キハ52を導入することが最適だったわけです。

 

ところが、ここで一つ大きな問題が起きました。

それは鉄道の歴史は近代化の歴史という世の中の流れに逆行することになるという点です。

当時は車両の入れ替えについては、その一部分を国の補助金を使うことができましたが、これはあくまでも、「古い車両を新車に置き換えることによって安全性が向上する。」という前提での補助金だったのですが、昭和40年製のキハ52の導入は、いすみ200型(昭和62年製)よりもはるかに古い車両を入れることになるわけで、補助金が出る出ないにかかわらず、「そういうことをやってもよいのだろうか。」という考え方が鉄道業界にあったのです。

 

私はいすみ鉄道を管轄する関東運輸局に相談しました。案の定、担当者は「さて、どうしたものか。」という表情です。何しろ前例がありませんからね。そうしたら、そこに当時の運輸局の神谷局長という方が、「面白そうじゃないか。やってみなさい。」と言ってくれたんです。

これはありがたかったですね。

後述しますが、いすみ鉄道で募集した「訓練費用自己負担運転士」も、実は神谷局長さんの時で、廃止の瀬戸際をさまよっているいすみ鉄道を何とか助けてくれようと、いろいろ調整してくれていたのです。

 

国のお役人さんというのは冷たい印象がありますが、本当に上に立つ方というのは、きちんと国のことを考えてくれていらっしゃるわけで、いすみ鉄道でうまくいけば、これは日本全国のローカル線の手本になるだろうし、そうすれば、全国各地のローカル線が元気になれるし、そうなれば国全体の利益につながる。

おそらく神谷局長さんはこのように考えてご判断されたんだと思います。

 

そうして、震災直後の2011年3月末に、キハ52は招待運転、4月29日に本運転を開始したのです。

 

▲いすみ鉄道を訪ねていただいた神谷局長さんです。

鉄道ファンにとっては神様のようなお方です。

 

だから、鉄道ファンの皆様方は、神谷局長さんには足を向けて眠れないのですよ。

おそらく、いろいろな列車の復活運転や新型車両の導入なども、表には出ないけれど、こういう国の偉い人たちが、何とかしようと知恵を絞ってくださっているはずで、じゃなければ、いくら観光列車とはいえ、客室の外へ出る展望席などがある車両を新車で作ることは、実は困難な話ですからね。

私はローカル線を通じて、この国を元気にしようと考えていますが、立場は違いますが、国交省の皆様方も、国を思う気持ちは同じだと私は考えています。

 

いずれにしても、キハ52は「できれば解体したくない。」というJR西日本の担当の方の思いと、「面白そうじゃないか。やってみる価値はあるだろう。」とご判断された神谷局長さんと、運輸局の皆様方のお知恵で走ることができたというのは事実なのであります。

心ある人はどこにでもいらっしゃるんですね。

 

ありがたいことでございます。

公募社長総括 5 なぜムーミン列車なのか。

 2018.06.05 Tuesday 

私が就任した時にはいすみ鉄道の会社内には活気というものがありませんでした。

なんとなく「どよ〜ん」とした感じ。

まあ、今でもそういう人は一部にいることはいますが、会社全体がそういう人だらけだったのです。

 

そりゃそうでしょうね。職員のほとんどが地域に住んでいる地域の人たちですから、万年赤字のいすみ鉄道に勤めてるということは、「お前らの会社は赤字の垂れ流し」だとか、「お前らの給料は俺たちの税金で払ってやってるんだ」的な、平気でそんなことを言う人たちも地域には居るわけで、私だったら、そんなことを言われたら「あんたはいったいいくら税金払ってるんだ。消費税以外払ってないだろう。」なんてことを相手に向かって言ってしまいますが、田舎の山の中で長年暮らしている人たちは、そういうことは言ってはいけない掟がありますから、何と陰口を言われても、黙っているしかありません。だから、皆さん「どよ〜ん」という感じになる。

そういう会社の中の雰囲気を見て、私は「この人たちはかわいそうだなあ。」と思いました。

 

だって、いすみ鉄道の仕事というのは、毎日毎日、安全、正確、低コストで列車をきちんと走らせているにもかかわらず、自分たちの仕事が社会からきちんと評価されていないんですから。でも、だからといって「冗談じゃない、やってられるか!」と仕事の手を抜くことはできません。何を言われても、感情を表に出さず、黙々と列車を走らせている。そういう人たちの集まりでした。

 

ふつうは経営改革などというと、敏腕な管理者が入ってきて、バッサバッサと切るところを切って組織を一新するというような印象がありますが、私の場合は外資系航空会社といっても、日本人以上にきちんと相手のことを考える会社でしたし、そういう会社で教育を受けてきましたから、誰をクビにして・・・などという考えは毛頭ありませんでしたが、会社の中の人たちの雰囲気を見て、必要なのは人員整理などではなくて、モチベーションだと感じました。

外国人、特に欧米人と付き合っていると、日本人の考え方が案外遅れていることに気づきますが、20年ほど前までの日本人は「気合」とか「根性」とかばかりでした。最近でこそ教育などで「モチベーションを与える」などといわれるようになりましたが、私は30代の時にはすでにそういう社員教育を受けていましたので、この会社の雰囲気を変えるためにはモチベーションが必要で、そうすれば自然と力が出てくるだろうかと考えました。だって、もともとプロフェッショナルの集団なんですからね。

 

そこで私は、就任当日の朝礼でこのように申し上げました。

「この会社を、『いい会社に勤めてるね。』といわれる会社にしましょう。『いすみ鉄道に勤めてる』と胸を張って言えるような会社にしましょう。そのためには、この会社をブランド化する必要があります。」

 

その時の職場の印象を私は今でも覚えています。

皆、ポカ〜ンとしていました。

「この人、何を言ってるんだろう?」って感じです。

 

そこで、登場するのがムーミン列車です。

「ムーミン列車を走らせましょう。」という計画をお話ししました。

 

そうしたらまた、ポカ〜ン。

 

何しろ、ムーミンなんで20年以上も前の忘れ去られたキャラクターでしたからね。

何をいまさらムーミンなんだって感じだったのでしょう。

それでも、計画が進んで、なんとなくムーミン列車の全体像が見えてくると、だんだんと会社内の雰囲気も変わり始めました。

 

ムーミン列車を走らせたら、ムーミンファンのお客様がやってくるはずです。でも、その時に運転士が「俺には関係ない。」という態度だったらどうでしょうか。感じ悪いですよね。だから、私は、ムーミンキャラクターのカラーチャートを運転士全員に配って、どれが誰だかきちんと覚えてくるように伝えました。そして、出勤点呼の時に一つ一つキャラクターの絵を出して、名前を言わせて、きちんと覚えているか確認させました。

その時のいすみ鉄道の運転士さんたちは、皆50代後半から60代で、JRからの出向者。泣く子も黙る労働組合の幹部経験者も何人もいました。普通の人たちから見たら、強面(こわもて)の、ちょっと近寄りがたい人たちです。

そういう人たちが、「冗談じゃない、なんで俺たちがこんなものを覚えなきゃいけないんだ。」と言いつつ、渋々とそのムーミンキャラクターの一覧チャートを家に持って帰りました。

 

ところが、2〜3日すると、なんとなく様子が変わり始めました。

朝、出勤してくると、中にはニコニコしている人もいます。

どうしたのか尋ねてみると、

「あのムーミンの絵を家に持って帰ったら、カーちゃんが、『あら、ムーミンだ』って言うんだよ。娘も『ああ、懐かしい。可愛い』ってね。カーちゃんも娘も、スナフキンとかミイとか、みんな知ってんだよ。」

とニコニコ顔なんです。

「で、覚えてきた?」って点呼の時、チャートを指さすと、「それはスナフキンだろ。こっちはスニフ。」とかきちんと答えます。

中には自分の体形を振り返って、「よし、俺はムーミン運転士だ。」とか言い出す人もいて、「そりゃ、お前、ムーミンがかわいそうだよ。」などと笑い声が広がるようになりました。

 

これは意外でしたね。家族が味方になってくれたんですから。

 

そして2009年10月1日に、いすみ鉄道のムーミン列車が走り始めたんです。

 

 

当時は稼働していた6両の車両にそれぞれのキャラクターのヘッドマークを取り付けて運行開始しました。

これが大人気となり、テレビなどでもたくさん取り上げられるようになりました。

すると、当然家族でも話題になって、「いすみ鉄道またテレビに出てたよ。」「お父さんの会社って、すごいね。」という話題になります。

乗務しているときも、ニコニコ顔のお客様が多くなりましたから、運転士だって仏頂面しているわけにはいきません。

観光客って不思議なんですが、皆さんニコニコしてやってきます。

そりゃそうですよね。だって、ムーミン列車に乗りに来たくてわざわざ遠くから来てくれているんですから。

つまり、好意的なお客様ばかりになるんです。

そうすると、会社の中の雰囲気も少しずつ変わり始めました。

沿線地域の皆さん方も、ムーミン列車がテレビにいろいろ取り上げられるにつれ、喜んでくれるようになりました。

なんとなく上昇スパイラルが始まったんですね。

 

どうです。可愛いでしょう。

こんな列車が走っていたら、お客様は皆さんキャーキャー言いますよね。


でもね、よく見てください。

実はいすみ鉄道のムーミン列車は、車体にシールを貼っただけなんです。

もちろん権利関係はクリアしていますが、駅や車内にムーミンなんていないんです。

それでも、大人気になるのはなぜか。

これは、世界観の提案なんです。

いすみ鉄道はお花畑の中を走る可愛い黄色い列車。

ムーミンのお話もお花畑の中で可愛いキャラクターたちが仲よく遊んでいる。

こういう世界観の提案。

つまり、「あなたには見えますか?」ってことなんです。

そして、来てくれるお客様にはみんな見えているんですね。

 

ローカル線のお客様って、自分で楽しめる方が多いんです。

いすみ鉄道の仕事は、安全、正確に列車を走らせるだけ。これは素材の提供です。

その列車に乗って、何が見えるかはお客様の仕事なんです。

自分で自分の楽しみを見つけられる人じゃないと、ローカル線のお客様にはなれないんです。

お客様ご自身で付加価値を付けられること。これがブランド化なんですね。

 

それと、ムーミンは女性向けキャラクターです。

ムーミンは当時は忘れ去られたキャラクターでしたが、子供のころムーミンを見て育った人たちは皆さん30代、40代になられていて、子育てをされていたり、可処分所得が多い方々が多くいらっしゃいます。観光のお客様になっていただくにはピッタリでしょう。

男はダメですから。なぜなら男はお金を持っていない。だから行動力も購買力もない。これ、常識ですから、お客様にするのであれば女性なんです。

 

私は、会社が集客のためにキャラクターを使うのであれば、ゆるきゃらは不向きだと考えています。

なぜなら、ゆるきゃらというのは、生んで育てるのに大変な手間と時間と労力がかかります。そして、なかなか知名度が上がりません。こういうのは地元の行政がじっくりと育て上げるためのもので、会社が集客のために使うものではありません。例えば大人気のチーバくんだって、千葉県の小中学生はみんな知っているけど、東京や神奈川へ行ったら、ほとんど誰も知りません。

こういう時は、やっぱりすでに浸透しているキャラクターでなければだめなんです。お金を払ってでも、その力を利用すること。ムーミンならば全国区ですから。

当時は地元にも今のようなおたっきーやいすみんといったゆるきゃらはありませんでしたしね。

当時から、アンパンマン列車や鬼太郎列車などありましたが、ムーミンなら相手を攻撃することもなく、みんな仲良しですから、千葉県のいすみ鉄道沿線の里山にぴったりだと思ったのです。

 

以上がムーミン列車誕生のいきさつですが、実はもう一つ余談がありまして、私のカミさんが昔からムーミンが好きで、原書を読むほどなんです。でもって、50を前に航空会社を辞めてしまったバカな亭主としては、ムーミン列車を走らせることがせめてもの罪滅ぼしになるんじゃないかなあ、と思っていたのであります。

 

ところで私は、ムーミン列車も来年で10年になりますから、もうそろそろ次へ行くのもよいのではないかと考えています。

その理由は、来年は埼玉県に大規模なムーミン谷ができますから。そして、その埼玉県のムーミン谷へ行くのは黄色い電車なんです。

大きな会社が、そういうことに気づいて、大々的にやるとすれば、忘れ去られたムーミンキャラクターが日の目を見ることですから、いすみ鉄道としての使命は終了してもよいのではないか。私はそのように考え始めていたのですが、まあ、それは私の次の経営者が判断することですから、あとはお任せしたいと思っています。

 

公募社長総括 4  いすみ鉄道の財産は人です。

 2018.06.04 Monday 

いすみ鉄道社長としての私の自慢は「人」です。

 

とにかく、たくさんの人たちに支えられています。

駅の清掃や線路の草刈り、花壇の手入れを長年にわたって地域の人たちが自主的に活動してくれていることはお話しいたしましたが、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんがそういう活動をしている地域に生まれ育った子供たちは、そういう活動が当たり前ですから、成長するにしたがって、当たり前のように鉄道に関係した活動をしてくれるようになります。

この間お話しした車両の掃除、列車の窓拭き、駅の掃除なども当たり前なんですね。

 

 

 

毎日いすみ鉄道で学校へ通う高校生たち。

定期的に駅の清掃をしてくれています。

 

 

その活動のもとになっているのが生徒会です。

大多喜高校、大原高校、そして地元の中学校の生徒さんたちが集まって「いすみ鉄道対策会議」というのを開いています。

私ももちろん参加して、生徒さんたちと楽しい会合を持っています。

 

私が就任した時、いすみ鉄道は存続の危機ですから、皆さんは何とかいすみ鉄道を存続させようという方向性でした。

そのためにはできることを何でもやりましょうと、列車の中で演奏会を開いてくれたり、様々な活動を自主的に行っていました。

 

こういう地域世界に入った私は、高校生の皆さんとお話ししていく中で一つのことに気づきました。

それは、自分たちの考えや活動を形にすることの大切さをいすみ鉄道で学んでもらおう、ということです。

そこで彼らに提案しました。

「皆さんが楽しいことを企画して、それをいすみ鉄道と一緒に形にしましょう。」

 

すると生徒の皆さんは目をキラキラ輝かせながら、「社長さん、私たち、駅弁がほしいんです。」と言い出しました。

 

私は「?????」でした。

なぜなら、いすみ鉄道は26.8辧∧卞50分の路線です。そういう路線ではたして駅弁が必要なのか?

まして当時はロングシートのいすみ200型しかありませんでしたから、いすみ鉄道に駅弁はおかしいんじゃないかと思いました。

私がそう言うと、彼らは口をそろえて、

「自分たちの通っている鉄道に、駅弁があったらうれしいです。」って言うんです。

 

それならやってみようかという話になって、

「どういう駅弁が良い?」

「地元の食材を使ったものがいいなあ。」

 

こんな話にまとまりまして、私は地元の事業者の方にお話をして、やっぱり外房といえばイセエビですから、「伊勢海老弁当」を作ってもらいました。

これがいすみ鉄道初のお弁当です。

そうしたら大人気になりまして、発売開始から1年ちょっとで新宿の駅弁大会に出店することになりました。

 

その後は皆さまご存じの通り、忠勝弁当、宝石箱、漁師のまかない弁当、幕の内弁当、そして応援団のタコ飯弁当と、いすみ鉄道の駅弁は大人気商品となりました。

もともとは高校生の皆さんの発案だったんですが、「自分たちの通学するいすみ鉄道に駅弁があったら楽しい。」という、彼らのいすみ鉄道愛がスタートなんです。

 

さて、その後、また例の会議で、今度は「JKキャラがほしい。」と言い始めました。

すでに生徒会の皆さんは代替わりをして、新しい生徒さん、つまり、いすみ鉄道のムーミン列車で大多喜高校へ通いたいという希望を持って入ってきた生徒さんたちになっていました。

JKキャラと聞いて、その時も私は「?????」でした。

 

最近はいろいろな鉄道でアニメのようなキャラを登場させていますが、私はどうもいまいち気が進まなかったんです。

でも、彼らは「自分たちの制服のキャラがあったら良いなあ。」と言うんです。

私は自分がJKキャラを作ろうと言い出したら変態おじさんですが、彼らからの希望なので、

「よし、作ろう。」と言いまして、知り合いの事業者さんに行先表示板などをお願いしました。

 

 

それがこの行先表示板(サボ)です。

ちょうどカンブリア宮殿の取材が入っていたので、カメラの前で自分たちのアイデア作品をお披露目しているところです。

そして、今、いすみ鉄道の列車は実際にこのサボを取り付けて毎日走っていて、高校生たちはその列車で通学しているのです。

これがいすみ鉄道の世界観です。

 

高校生の時に、自分たちが考えたことがきちんと形になるという経験は、きっと彼らのこれからの人生にとって大きな糧になると思います。せっかくいすみ鉄道に係わってくれて高校時代を過ごしたのですから、後になって、「よかったなあ。」「面白かったなあ。」と振り返っていただければ、その甲斐があったというものです。

 

こういう地域ですから、生徒会やいすみ鉄道対策委員会以外の生徒さんたちだって、きちんと挨拶してくれますし、車内のマナーも大変よろしい皆さんです。昨今は、田舎の高校生が通学の列車の中で悪さをしたりする事例が多く、中には先生方が朝夕駅や車内に立ち会う地域もあると聞きますが、いすみ鉄道沿線地域の生徒さんたちは、皆さんきちんとして礼儀正しく、迷惑行為などもありません。それが私の自慢なんです。

 

だから、自分たちの通っている鉄道でこういう撮影が行われたりすると、大喜びしてくれるわけで、それが大人である私たちの彼らへのプレゼントなのです。

 

さて、いすみ鉄道にかかわってくれる人と言えば、やはり応援団の皆様方ですね。

 

私が就任してから9年の歳月が流れると、その年月分みなさん高齢化されますので、今、当時の応援団の皆様方は少しずつ引退されていっていますが、それに代わるように、遠方から応援に駆けつけてくれる人たちがとても多くなってきました。

これはもちろん、その応援団の中心になって活動してくれているカケス団長の「人物」に由来することろが大きいのですが、都会の人たちには田舎とかかわりを持ちたい、ローカル鉄道とかかわりを持ちたいという気持ちの方がたくさんいるのだと私は考えます。また、鉄道好きな人たちが、「鉄道が好き」と言えないような雰囲気が都会にはあるのかもしれません。

だから、そういう人たちが男女を問わず皆さんローカル線にやってきて、駅弁を売ったり、草刈りをしたり、あるいは観光駅長さんとして写真のモデルになってくれたり、いろいろな皆様方が、いすみ鉄道を盛り上げてくれているのです。

 

国吉駅観光駅長の 油田さん。

 

駅弁売りのバス君こと石田さん。(左)

 

二人とも、名前を聞けば誰でも知っているような東京の会社にお勤めの都会人です。

でも、子供のころからやってみたかった駅長さんや弁当売りを、50過ぎのおじさんたちが楽しそうに自己実現しているのです。

 

こういう姿は、きっと後になってから子供たちが大きくなったときに、「そういえば、楽しそうなおじさんがいたね。」と語り草になってくれるでしょうし、そうすればローカル線は次の世代につながると思います。

 

さて、このようにいすみ鉄道を取り巻く「人」というのが私は財産だと思っていますが、その中で一番の財産なのが、いすみ鉄道の職員です。

実際に列車を運転して、あるいは接客して、あるいは売店でと、フロントラインで活躍してくれているのは彼らいすみ鉄道スタッフです。

 

そりゃあ、平均年齢50数歳のチームですから、中には一癖もふた癖もあるおっさんもいますが、それだってローカル線の「良さ」だと私は考えていますが、全員に共通しているのは、「この仕事がしたくて、いすみ鉄道で働いている。」ということです。

 

 

運転士さんたちは訓練費用を自己負担して入社し、厳しい訓練を通り抜けてきた人たちばかりです。

アテンダントの皆さんも、売店の皆さんも、「生活のために働いている。」のではなくて、楽しみながら働いてくれています。

もちろん、皆さん「生活のため」であることは当然なんですが、そうではなくて、自分は何のために働いているのかということです。

 

安全輸送を支え、列車を定時に走らせるという大前提の上に立って、そこからプラスアルファーで自分には何ができるか。

それがテーマで、そのプラスアルファーの部分が付加価値なんです。

例えば、観光鉄道で言ったら、楽しい笑顔を運んで、素敵な思い出をお土産として持ち帰ってもらうこと。

 

いすみ鉄道のスタッフは、そういう働き方を通じて、「職業を通じた自己実現」を実践しているのです。

 

 

先日、取材にいらした記者の方が、「いすみ鉄道って、素晴らしいですねえ。」と言ってくれました。

「どんなところがですか?」と聞きましたら、

「職員の皆様方に、やらされてる感がまったくない。」と言うのです。

 

社長に言われているからとか、会社の仕事だからというような「やらされてる感」を感じない。

職員の皆さんが、自主的に、率先してお客様を楽しませる行動をしている。

それも、決して大げさなことではなくて、列車に向かって手を振るとか、シャッターを押してあげるとか、そういう姿が実に自然だと言われました。

鉄道関連の記者の方ですから、大手を含め、いろいろな鉄道をご存じだと思いますが、そういう目の肥えた方から見ても、いすみ鉄道は素晴らしいところなんだなあと見えるのです。

 

こういう人材がいすみ鉄道の財産なんです。

 

だから、たとえ私が退任したとしても、今後もいすみ鉄道はきちんと走り続けると私は考えているのです。

 

 

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