養老鉄道さんがいらっしゃいました。

 2017.09.12 Tuesday 

この週末、養老鉄道の都司(つじ)社長さんが幹部の皆様方と共にいすみ鉄道にいらっしゃいました。

 

 

 

なぜ都司社長さんと私が握手をしているかというと、この10月に姉妹鉄道締結をすることが決まったからです。

 

今のところ10月1日に大垣で行われる鉄道イベントの際に調印をする予定です。

 

なぜ、いすみ鉄道と養老鉄道が姉妹鉄道締結するかって?

 

それはもちろん「養老つながり」。

 

2年ほど前に私が岐阜県庁の方々と会合を持った際に、養老鉄道の方からこう言われました。

 

「テレビで養老渓谷って見たんですが、どうやって行くんですか? という電話がよくかかってきます。」

 

あっ、そうか。いすみ鉄道がテレビでよくやってくれているので、養老渓谷が本家の養老の滝よりも有名になっちゃったんですね。

 

実は、養老の滝で有名な岐阜県の養老町は、今年、「養老」という元号が制定されてから1300年ということで1300年祭が行われていますが、養老鉄道も近鉄から分社化し、さらに来年には完全上下分離の新体制となることから姉妹鉄道締結のお話をいただき、4月に私が訪問し、今月都司社長さんが訪問されて、姉妹鉄道締結が決定いたしました。

 

10月1日には姉妹鉄道締結記念の記念乗車券も発売予定です。

 

詳細につきましてはまたお知らせいたします。

 

皆様どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

新しいコーナーのスタートです。

 2017.09.11 Monday 

いすみ鉄道のホームページに新しいコーナーがスタートいたしました。

 

 

「いすみ鉄道 社員ブログ」 のスタートです。

 

まあ、私もこのブログを始めてからすでに8年以上の歳月が経過していまして、「いつまでも社長ブログでもないだろう。」という声もチラホラ聞かれるようになってきているようですから、うちのスタッフの皆に才能開花のチャンスを与えるべく、有志を募って、「やったるで〜」「書いたるで〜」(なぜか関西弁)というスタッフに自由に書かせてみようと考えているのであります。

何しろ、現代はSNSの時代ですから、「勝手にそんなことを書くなどまかりならん!」などと社員を縛っている会社は、私は「中国系」と呼んでおりまして、少なくともここは日本であって、言論の自由は保障されているわけで、社員が思ったことを思ったように文章で表現することができるというのも、正直申し上げて止められない動きであり、それを「書くな!」ということは、言論の弾圧になる時代ですから、だったら正式に会社のWEBサイトで書かせてみたら、これは面白いことになるのではないかというのが、鳥塚流のビジネス論なのであります。

 

ただし、書くのは自由ですけど、その自由には当然責任もあるわけで、当然、内容によってはバッシングを受けることもあれば、勤務停止になることもあるかもしれません。それでもやってみたい、というのが大人の責任感でありますからね。まあ、彼らは私が、自分が書いた内容でどれだけバッシングを受けているかを一番よく知る仲間たちですから、私としては「やってみなはれ」という気持ちなのです。

 

私がなぜこのようなことを考え付いたかといえば、実はいすみ鉄道には社会人としてベテランスタッフがたくさんいるからです。

自社養成乗務員などという募集を始めて、40代以上のおじさんたちが入社してきてからすでに7年。今では彼らは立派な鉄道マンとして、日夜列車乗務やその他の職務に当たっているのですが、そういう姿を見ていると社長としては次のステップを与えてあげなければならないと考えているのです。

 

ところが、どこの業界にも悪しき慣習というのがあるように、鉄道業界にも似たようなものがありまして、それは何かというと、ひとことでいうとすれば「体育会系」。つまり、年功序列が絶対という雰囲気が不文律として流れています。

だから、あとから会社に入ってきた人間は、いくつになっても下っ端なわけで、なかなか這い上がれるチャンスが現場にはない。

これは、ふつうの鉄道会社であれば、一律に入社して、一律にキャリアを積んできますから、同期、先輩、後輩は有りなんでしょうけど、いすみ鉄道の自社養成乗務員を始めとする途中入社の人たちは、すでに社会人として様々な業界で20数年のキャリアを積んできていて、中には管理職教育やリーダー教育を受けてきている人もいるわけです。

だから、あくまでも鉄道マンとしては新人かもしれませんが、社会人としてはベテランの立派な人間がたくさんいて、会社としてはそういう人たちのキャリアを少しでも会社の財産にしたいと考えているのです。

 

でも、現場というのは小さな会社でもなかなか一筋縄ではいかないもので、旧国鉄が変身した会社といすみ鉄道しか知らないキャリア20年〜40年のスタッフたちが、自分たちの過ごしてきた社会の特殊性を知らぬまま、いかにもベテラン面して偉そうに指導しているのを見るにつけ、それが職務の技量を磨く教育ならともかく、すべてにおいて「先輩面」がまかり通って、一言でも反論しようものならオミットされるような世界が平気で展開されているというのも、これまた事実でありまして、中には指導するべき人間が率先してBULLYINGを行っていたり、幹部がそれを見て見ぬふりをしているというのも事実でありますから、私は社内改革の一環として、「社員ブログ」をはじめて見ようと思ったのであります。

 

ただし、「社員ブログ」の目的は、お客様に楽しんでいただくこと、でありますから、内容はそれに沿ったものであることとしています。「社長ブログ」の場合は、私の使命はローカル線を存続させることであり、そのためには社会の仕組みそのものを変えて行かなければなりませんし、では、いったいローカル線を取り巻く社会にはどのような仕組みがあって、誰が、どのようにして、そういう仕組みを作って来たのかなどという問題点を明らかにして糾弾していくことも必要ですし、世の中そのものの変革も必要になってきますから、「ちょっと、おかしいんじゃないでしょうか?」というような疑問点も表面化させなければなりません。そして、そういうことを表面化させると、当然都合が悪い人たちが出てくるもの事実で、そういう人たちが私を妨害したり、もしかしたら潰そうとするかもしれません。まあ、今のところそういう目には合っていませんが、そういうことがあったら、誰が、どういう妨害をして私を陥れようとしたのかということも皆さんに知っていただくことが、社会の改革への道だと考えておりますので、いろいろ思っていることを書き続けているのでありますが、「社員ブログ」はあくまでも、お客様に喜んでいただき、いすみ鉄道に実際にいらしていただくことを目的としていますから、そのような内容で書いてくださいとお願いしている次第です。

 

あと、社長として個人的に見てみたいのは、ひとりひとりの社員の子供時代から学生時代、そして若いころの旅行の写真。165系急行列車に乗った時の思い出や、旧型客車の写真なども見てみたいなあと思いますし、コレクションのお披露目なども良いですね。何しろ、鉄道が大好きで、今までの職を投げ打っていすみ鉄道に飛び込んできてくれた仲間たちですから、今までの人生、プライベートでも鉄分が濃かったはずですから、そういうところを垣間見ることが、楽しい酒の肴になると考えているのであります。

 

文章で自分の考えを表現するということは、それなりに大変なことです。

「てにをは」が合わないと頭の程度が知られてしまいますし。

 

それでも、チャレンジするというのが「いすみ鉄道社員ブログ」ですから、皆さん、どうぞ、温かい目でうちのスタッフを育ててあげてくださいますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

スタッフの皆も是非チャレンジしてみてくださいね。

 

 

 

陸別から戻りました。

 2017.09.11 Monday 

0:05 大原着。

 

最終便で女満別から戻りました。

 

明日も早いので本日はブログなし。

 

陸別でお世話になりました皆様、ありがとうございました。

そしてお疲れ様でした。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

今日、陸別で

 2017.09.09 Saturday 

30年前のドラマに「明日、悲し別で」というのがありましたね。

廃止された上砂川支線の終点、上砂川駅が舞台だった気がします。

 

そして今日、私は陸別で。

 

 

宿泊しているホテルの窓から見たトレインビューです。

 

ここは2006年に廃止されたちほく高原鉄道「ふるさと銀河線」の陸別駅のステーションホテル。

鉄道が廃止になって11年になりますが、ここには今でも駅があって、列車が発着している姿が見られます。

地元の人たちが、廃止された鉄道の駅や線路を利用して、鉄道公園のように今でも列車を走らせていて、全国各地からの鉄道ファンがやってきています。

その理由は運転体験。

本物の列車を本物の線路の上を走らせることができる仕組みがあるからです。

 

交通機関としての役割は終了しているとはいえ、駅の構内を列車が今でも走っていて、その列車の運転ができるとあれば、全国いたるところから希望者がやってくるということです。

そして、北海道の陸別まで来るわけですから、日帰りではありません。当然宿泊もするしご飯も食べる、お土産も買う。

そうすることで、地域が潤うような仕組みが出来上がっているのです。

 

 

 

今日はふるさと銀河線を引き継いだりくべつ鉄道の10周年記念式典がありまして、私も呼ばれて参加させていただきました。

 

 

このりくべつ鉄道は、ふるさと銀河線が廃止された後、先見の明があった当時の町長さんと現在の町長さんが、ふるさと銀河線で使用されていた車両を線路が撤去される前に陸別駅構内に集め、町役場が鉄道公園として整備し、その運営を陸別町商工会が行っているもので、10年継続しているのですが、そのお陰で今ではりくべつ鉄道は全国区となって、全国各地からたくさんの観光客が訪れる観光地になっているのです。

わずか人口2500人の陸別町がやっているとは思えませんね。

 

 

本日の式典で表彰されたこの男性は、りくべつ鉄道での運転体験の記録が100回を超えたということで表彰されたのですが、実は、この男性は神奈川県伊勢原市のお方で、つまり、このりくべつ鉄道にこの10年間で100回いらしているということになります。

そして、その度に町にお金を落としているのですが、この方が100回ということは、他にも数十回いらしている方がたくさんいるわけで、鉄道を廃止してしまったものの、何とか町の衰退を食い止めようとして駅と車両と線路を残したことで、このように都会人に人気のスポットになったのです。

 

私はふるさと銀河線が大好きで、1990年代から2006年の廃止まで10数回訪ねた経験があります。

だから、廃止されてしまったときにはとても残念で仕方なかったのです。

もう少し早く私が力になることができれば、もしかしたら廃止にならなくてもすんがかもしれないと考えて悔しい思いをたくさんしましたが、今日、町役場と議会と商工会が一体となって、銀河線の遺産をしっかり利用して、町おこしをしている姿を拝見して、ホッといたしました。

 

建設当初の役割はほぼ終了しているかもしれませんが、今あるものをどうやって活用するか。

これが地方創生の一歩だというのは間違いないと思います。

 

札幌から330km、函館から540kmも離れたこの場所でもこれだけできるのであれば、日本全国どこの町でもできない理由はないということなのですから、日本の地方創生は鉄道を使えば安泰だと私は思うのであります。

 

陸別町の野尻町長様、金澤前町長様、石橋商工会長様、本日はありがとうございました。

 

明日は地域の皆様の体験乗車イベントが開催されます。

明日もどうぞよろしくお願いいたします。

 

千葉駅ビルオープン

 2017.09.08 Friday 

昨日、JR千葉駅の駅ビルが新装オープンしました。

 

その中にある東急ハンズでいすみ鉄道や銚子電鉄、小湊鉄道の商品を販売するコーナーができました。

 

 

 

 

い鉄揚げももなかもここで買えるようになりました。

ぜひご利用ください。

 

千葉の駅ビルというと実は私には思い出がありまして、昭和38年の3月に妹が生まれた直後でしたが、その頃は巌根に住んでいて、ちょうど初代の駅ビルが完成したというので、何度も汽車に乗って駅ビルに連れて行ってもらいました。

後でわかったのですが、ちょうどその時に千葉駅そのものが新しく建設されて、それまでは今の東千葉駅が千葉駅で、東京方面からやってくる房総方面への列車は方向転換しなければならなかったのですが、新駅が開業した時に、そのスイッチバックも解消されました。

だから、今の千葉駅は比較的新しい駅で、まだ50数年しか経っていませんから、駅の裏手にあたる地域には県庁所在地の駅前とは思えないほど、駅から1〜2分のことろに民家が経っていたりするわけですが、3〜4歳の記憶をたどると、当時の千葉の駅ビルは輝いていて、食品売り場などもとても賑わっていましたが、その中の一角にたい焼き屋さんがあって、そこで買ってもらったたい焼きを帰りの汽車の中で食べたことを懐かしく思い出します。

 

汽車というのは当時は電化は東京方面から千葉で終わりで、千葉から先は総武本線も内房線も外房線も非電化でしたから、当然汽車。それも蒸気機関車が引く茶色い客車で、買いものをして帰路に着くころには日が暮れていますから、白熱灯のぼうっとした光に照らされた車内で、そのたい焼きをいただくのです。父親は必ず最初に尻尾をちぎって、ちゃんと尻尾まであんこが入っているかどうか確かめてから食べていましたが、半世紀も前のそんな記憶が、千葉駅ビル新装オープンというニュースを聞くと思い出すから不思議ですね。

いつぞやも書いたと思いますが、千葉駅で発車を待つ汽車の窓から、向こうの線路を見ると機関車が煙を吐いてシューシュー言いながら止まっているのが見えて、それは房総西線から見た総武本線の列車なのですが、機関車に石炭をくべるために焚口を開ける度に運転室の内部がオレンジ色に照らされるのが子供心に何とも不気味でした。

親に、「あの汽車はどこへ行くの?」と尋ねると、

「八日市場方面だね。」と答えるのですが、子供心に「八日市場」が「妖怪千葉」に聞こえて、「あっちの汽車に乗って行ったら、きっと帰ってこられないんだろう。」などと不安になったことも鮮明に思い出します。

 

何のことはない、今では、その妖怪千葉へ行く汽車に乗っていくところに住んでいるのですから笑っちゃいますね。

 

ということで、私の思い出の千葉駅が新しくなって、その中のお店にいすみ鉄道の商品を置いていただいているのですから、やっぱりご縁を感じるわけでございます。

 

どうぞ皆様、このコーナーが常設コーナーになれますように、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

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