公募社長総括 3  鉄道会社はどこで利益を出すか

 2018.06.03 Sunday 

「上下分離」という言葉があります。

 

ふつうの人には聞きなれない言葉かもしれませんが、鉄道会社の上下分離とは、線路や信号設備など路盤の維持管理のかかわる部分(下部)と、線路の上を列車が走る部分(上部)を分けて考えましょうということです。

ローカル鉄道と対抗する交通機関である路線バスは行政が維持管理している道路の上を走るだけですが、鉄道会社というのは自社で線路設備を所有して維持管理していかなければなりません。これでは鉄道がバスに勝てるわけありませんから、路線バスと同じ土俵で勝負できるようにするために、鉄道会社の設備部分である下部を行政がお金を出して負担しましょうというのが、現在の日本の上下分離です。

昨年ごろからJR北海道が「上下分離」と言っているのはこのことで、沿線の市や町に線路の維持管理にかかる費用を負担してくださいというお話をしているのでありますが、こういう地方行政に下の部分を負担させる方法は、本当の意味での上下分離ではありません。

 

実はアメリカの鉄道もヨーロッパの鉄道も上下分離で運営されているところがたくさんあるのですが、アメリカでもヨーロッパでも、世界的に下の部分の維持管理をしているのは基本的には国なんです。国が運営公社のような組織を作って、そこが線路の維持管理をしているのが世界的に見た上下分離の在り方であって、田舎の町役場が線路の維持管理をしているわけではありません。

道路を見ればわかると思いますが、国道と県道がほとんどでしょう。路線バスが走るような道路では市道や町道はごく一部です。ところが、鉄道の場合は国ではなくて地元の行政がお金を出しなさいというのが日本における上下分離です。

では、なぜそういうことになっているかというと、小泉政権の時の構造改革で、地方へ配るお金を極端に減らし始めました。それまで、いろいろな名目で鉄道会社に対して出していた補助金がどんどん減らされていきました。いわゆる「自己責任」というやつですね。

そこで青色吐息になった鉄道会社を抱える自治体に対して、この上下分離論を持ち出したのです。

「地元の行政が路盤の維持管理の費用を出してしっかり鉄道を支えれば、ローカル鉄道は残れます。」ということです。

 

私に対して、「お前は上下分離をしてもらっているのに、結局は赤字だとはけしからん。」というご意見をお持ちの方もたくさんいらっしゃると思いますが、私はこの日本流の上下分離論というのは決して万能ではないと考えていて、いくら上下分離をしているからと言って、鉄道はそう簡単に黒字になるものではないのです。

 

なぜなら、上下分離をすれば黒字になるというのであれば、田舎の路線バスは皆黒字のはずです。

路線バスは行政が作った道路の上を走るだけだし、鉄道に比べてバスの方がきめ細かく乗降場所を設定することも、ルートを設定することも自在ですから、はるかに優位なはずです。ところが、その田舎の路線バスがどこもみな赤字で損失補てんを受けているというのが現実なんです。

だから上下分離は万能ではないのですが、この点を上下分離万能論者はどう説明するのでしょうか。

 

今から10数年前に国が言い始めた「地方の行政がお金を出す」という上下分離方式というのは、自分たちが補助金を出せなくなったのを地域に体よく押し付けただけの話で、本当であれば、きちんと国がやらなければならない部分を責任転嫁しているにすぎないと私は考えています。なぜならば、上下分離を提唱するのであれば、国鉄を分割民営化する必要はなかったということですから。国鉄をそのまま線路の維持管理する公社として存続させて、列車の運行を民間会社がいろいろ参入して行えばよかったのです。国鉄の分割民営化は今思えば30年以上前の話ですが、上下分離方式を提案した当時はJRになってから10数年の時点でしたからね。

でも、当時の弱小鉄道会社には私のようにお上に反論する経営者などいませんでしたから、世の中上下分離万能論に傾いて行ったと私は考えています。

(あくまでも一般の皆様方にご理解いただきやすいように、私なりの理論で解説したものです。)

 

では、鉄道会社というのはどのようにして儲けを出すのでしょうか。

 

一般に理解されているのは私鉄方式と呼ばれるもので、100年前の阪急や東急の名経営者と言われる方々が実践してきた方式です。

それは鉄道を建設して、駅を作って、宅地開発をして、不動産、百貨店、スーパーマーケット、バス、タクシー、あるいはホテルや遊園地などの娯楽施設を作って、お客様を運んで利益を出すという方式です。これはもともと田んぼや原っぱだったところに需要を作り出すことですから、壮大な計画と経営者としての先見の明がないとできないことですね。

鉄道だけでは利益を出すのは難しいけれど、グループ全体でトータルで利益を得る方式です。

 

これに対し、昨今JRでやっているのが新幹線と駅中方式。

高額の特急料金を課すことができる新幹線に経営資源を集中させて、新幹線から多大な利益を出すことと、大都市の駅構内を大改良して商業施設を作り、物品販売や店子からの収入で利益を出す方式です。

このJR方式は各方面から批判を浴びるもとになっているところもありますが、私は非常に上手にやっていると思います。なぜなら私鉄は名経営者と呼ばれる強力なリーダーが引っ張ってきたのに対し、JRは旧国鉄職員の「商売のセンスなどかけらもない人たちの集まり」で会社が成り立ってきたわけですから、そういう人たちがやっているにしては実にうまくいっていると考えるからです。

 

さて、このように、鉄道会社というものは私鉄もJRも鉄道業本来の収入ではなかなか赤字からは脱却できないという構造があるのですが、付帯設備やサービスなどをトータルで考えると利益が出る構造になっているんです。もちろん、そのための条件はある程度の人口があることが必要になりますが、例えばJR九州だって鉄道業単体では赤字なんです。でも、会社全体では上場できるだけの利益が出ている。そういう構造が鉄道会社にはあるのです。

 

では、いすみ鉄道のような田舎のローカル線はどうでしょうか。

私鉄方式もJR方式も、どちらもできませんよね。

何しろ人口がいないのですから。

まして、いすみ鉄道は第3セクター鉄道です。沿線市町や地域の会社などが出資して作られている成り立ちがあります。

地域の会社というのは、バス会社やスーパーマーケット、あるいは温泉旅館やホテルなどもありますが、いすみ鉄道が私鉄方式を取り入れて、バス会社をやったり、スーパーマーケットやホテル、あるいは不動産事業を始めて、そこで利益を出そうとしたら、当然地域事業者の皆様方の商売とバッティングしてしまいます。

「俺たちの商売の邪魔をするな。」という話になりますし、今までいすみ鉄道を支えてきてくれた地域の皆様に対してそういうことはできないのです。

 

だから、ローカル線というのはいくら上下分離をしたとしても黒字にはなりにくい構造があるわけで、つまりは八方ふさがりなんですね。

 

そこで私は、トータルで考えたら利益が出る付帯事業の部分を、地域の皆さんにやってもらうことを考えました。

観光客が来ればお昼ご飯も食べるし、買い物もする。あるいは宿泊するでしょうしタクシーにも乗るでしょう。いすみ鉄道に乗りに来てくれた観光客を相手にした商売で、そういう部分でしっかり地元の人たちに稼いでもらって、地域全体がトータルで利益が出るようになれば、たとえ赤字であったとしても、鉄道会社が地域に存在する意義があるだろう。そのように考えたのです。

 

だから、私はいすみ鉄道商品として地域の産物を最前面に押し出し、駅弁もレストラン列車のお料理もすべて地域事業者の方にお願いして、できるだけ地域にこだわった商品をお客様に提供してご満足いただくことはもちろんのこと、地域にお金がきちんとまわり、地域でがんばってくれている事業者や職員の皆様方にお金が入るようなスタイルの営業を続けてきたのです。

 

そりゃあ、お金が儲かればそれに越したことはありません。でも、レストラン列車の原価率を下げて、いすみ鉄道に利益が多く残るようにしたらどうなりますか。お料理がスカスカのみすぼらしいものになりますよね。私たちのお客様は都会の人たちですから、都会の人というのは知識も経験も豊富な方が多いですから、田舎の人間が目先の利益でそういうことをやれば、すぐにお里が知れてしまうのです。そして、それは千葉県全体のマイナスにもなるのです。

「な〜んだ、千葉県の食なんて、大したことないな。」

という印象を与えてしまいますから。

おかげさまで、いすみ鉄道の駅弁もレストラン列車もコスパ的にはなかなか素晴らしいものがあります。お客様から見たらご満足いただける内容になっていると思います。その証拠に、この土日もほぼ満席でご乗車いただきました。6月のこの時期にほぼ満席ですから、私は自分の商売のやり方は間違っていないと思います。

何しろ、お料理で利益を出さなくても、鉄道会社には運賃収入が入るわけですから、本来の事業をしっかりやっていればよいのです。

 

本日のレストラン列車です。

テレビの撮影が入りました。

お客様は「いい思い出になる」と大喜びでした。

 

私と仲良しの道南いさり火鉄道の春井さんが視察を兼ねた体験乗車にお越しくださいました。

道南いさり火鉄道は「ながまれ号」という日本一貧乏な観光列車を運転しています。

でも、先日も書きましたが、「日本一貧乏な観光列車」というのはいすみ鉄道の専売特許ですからね。

いすみ鉄道を見習って、という名目で、いろいろパクリにいらしたんです。

春井さん、どんどんパクってくださいね。

 

このようにお互いの利益のために手の内を全部さらす。

これが私の商売のやり方です。

そして、おかげさまで地域にもかなりスポットライトが当たるようになり、地域のお役にたてるようになってきました。

さらに、地域にとどまらず、今や日本中のローカル線が、10年前とは比べ物にならないほど元気になってきたと考えています。

 

今後、私の退任した後、商売のイロハもわからないような人たちが、私のやり方を引き継ぐか、それともダメにするか、それとも私以上にすばらしい商品に仕上げていくか、どうなるかは彼らにかかっているわけですが、その評価は観光客の皆様方が下すことになるということだけは事実ですね。いすみ鉄道のブレーンは千葉県と沿線市町の幹部であることは周知のことでありますから、多分みっともないことはしないと思いますが。

 

1つだけいえることは、いすみ鉄道は千葉県房総半島の観光のシンボルになったということは間違いないということなのであります。

 

公募社長総括 2 「第3セクターって何ですか?」

 2018.06.02 Saturday 

いすみ鉄道は、JRじゃなくて、私鉄じゃなくて、第3セクター鉄道です。

 

第3セクター鉄道は大きく2つに分けられるんですが、1つはいすみ鉄道のような国鉄の特定地方交通線(廃止対象路線)を地元の人たちが引き継いだ路線であり、もう1つは、最近あるように、新幹線が開通したことによりそれまでの在来線を地元の都道府県が引き受けた路線です。

後者は、国とのお約束の中で取り決められた考え方ですが、前者であるいすみ鉄道のような国鉄の支線を引き継いだ路線というのは、国鉄からJRになるにあたって「赤字だから引き継げませんよ。」と言われた路線です。

国鉄ですから国ですよね。その国が、今から30年以上も前の国鉄時代の末期に、上から目線で全国の田舎の地域に対して、「お前たちのところには鉄道なんか要らないんだ。バスで十分だ。」と宣言したのです。

廃止対象路線に指定されたところは、北海道から九州まで、全国に80路線以上に上りました。

そして、素直に国の言うことを聞いて廃止にしたところと、第3セクター鉄道として線路を残したところとに分かれました。

 

つまり、いすみ鉄道のように第3セクター鉄道として鉄道を残したところは、ひと言で申し上げると、「国の意に反した地域」なんです。

「冗談じゃない。国がやらないなら、俺たち自分たちでやるんだ。」

そう言って、いすみ鉄道の場合は、千葉県と沿線市町の行政や、地元の企業が出資をして鉄道会社を設立しました。

これが国鉄の特定地方交通線を引き継いだ第3セクター鉄道で、山形鉄道や由利高原鉄道、若桜鉄道など、同じ成り立ちの鉄道が日本にたくさん存在しますが、すべて、当時の国の方針に反して、自分たちの力で鉄道会社を設立したところということになりますね。

だから、線路の草刈りや駅の掃除なども皆さん自主的に行っているのです。

 

駅の掃除をする地元の皆さん。

線路の草刈りも地域の皆様方が率先してやってくれています。

いすみ鉄道は人がいませんから、こういう時は見張り役として職員を立ち会わせるだけです。

高校生もやりますよ。

小学生だって。

中学生だって、みんないすみ鉄道を守る活動をしてくれています。

掃除だけではありません。

高校生が列車の中で演奏会を開いたり、いろいろ工夫して、自分たちができることをきちんとやってくれている。

それも昨日今日はじめたことではなくて、国鉄から転換した直後の昭和の末期からこういう活動を続けている。

第3セクター鉄道の沿線というのは、地域全体がそういうところなのです。

 

もちろん、線路の草刈りや駅の掃除、高校生の活動ばかりではありません。何しろ、国が「鉄道は廃止にしてバスにしなさい。」と言った鉄道を、国の意に反して自分たちで残した鉄道ですから、「では勝手にしなさい。」とばかりに国は欠損補助のためのお金を出してくれません。

だから、昭和の末期から、自分たち地域の財源で毎年毎年の欠損補助も行ってきているわけで、つまり、血も流しているんです。

そこまでして、自分たちの鉄道を自分たちの力で守ってきた地域なんですが、私が就任した当初は、「もう持ちこたえられない。いよいよ力尽きる時だ。」という状況だったんです。そして、最後の望みとして、公募社長を募集して何とか頑張れないかやってみようという状況でした。

 

私は公募社長です。

公募社長の使命は、「いすみ鉄道を廃止にしないこと。」です。

とにかく、地域の人たちは汗をかいて、血も流していすみ鉄道を守ってきたことに対して、「いすみ鉄道を廃止にしなくてもよい方法を提示して実行すること。」が私の公募社長としての使命です。

 

そのためにどうするか。

一番わかりやすい方法の一つは「黒字にすること。」

黒字になれば、廃止する必要はありませんからね。

でも、人口減少が止まらない地域で地域鉄道の利用者(通勤、通学客)を伸ばすためには人口を増やしてもらう必要があります。東京から1時間ほどの距離にある同じようなローカル線にひたちなか海浜鉄道があります。公募社長の吉田社長さんが一生懸命頑張っていらっしゃいますが、ひたちなか市の人口は15万人。すぐお隣の水戸市は27万人です。これに対して、いすみ市の人口は3万7千人。大多喜町は9千人ちょっとです。

ローカル線というのは都会の人たちから見ると十把一絡げで同じように見えるかもしれませんが、地域によって経営環境が大きく違うわけで、ひと言で「ローカル線」とかたずけることはできません。

そして、人口を増やすのは鉄道会社の仕事ではないんです。

だから、ひたちなか海浜鉄道がうまくいっているからと言って、同じことをいすみ鉄道でやることはできません。

そこで、私は別の方法を取ろうと考えました。

それが観光鉄道政策です。

 

ざっくりとしたビジネスモデルとして、「土日に観光客に来ていただいて稼いだお金で、月曜日から金曜日までの地域の足を守る。」ということです。

 

利用者を増やすためには人口を増やす必要があります。

でも、オギャーと生まれた赤ん坊が高校生になるまで15年かかりますから、通学需要を増やすことに即効性はなく現実的ではありません。

マイカーも一家に一台ではなくて、一人一台の地域ですから、「乗って残そう」ってのもまったく現実的でありません。

でも、「交流人口」なら増やすことができる。そして、その交流人口というのは、いすみ鉄道沿線で言えば「観光客」にいらしていただくということなのです。

 

いすみ市という市は2005年12月に大原町、岬町、夷隅町の3町が合併して誕生した詩です。

私が就任した時点で、まだ3年半しか経っていませんでした。

「いすみ市です。」と言ったって知ってる人はほとんどいない。

「外房線の大原です。」と言えば知っている人がたくさんいますが、いすみ市の知名度はとても低かったんです。

 

私が9年前、いすみ鉄道の社長に就任した時に、いすみ市の太田市長さんにコミットメントしました。

 

「私はいすみ鉄道の社長として、いすみ鉄道を全国区にします。そうすれば、いすみ市も自動的に全国区になります。」

 

これが就任してすぐに太田市長さんにお話しした私のコミットメントです。

 

「鉄道があれば、そういうことができるんですよ。」

 

その時、太田市長さんは私の顔をじっと見ながら、「よしわかった! いすみ鉄道を残すぞ!」とおっしゃっていただきました。

まだ、就任したばかりで、何の実績も上げていない私の言うことをしっかりと聞いて、信じて任せてくれたんです。

 

この時、私は決心しました。

今まで地域の皆様方が一生懸命守り育ててきてくれたいすみ鉄道がやらなければならないのは、地域に対する恩返しだと。

何度も言いますが、国の方針に逆らってまで、自分たちで毎年の赤字補てんまでして守ってきた鉄道が、きちんと地域に恩返しすることができれば、地域の皆様方は「守ってきてよかった。自分たちがやってきたことは間違っていなかったんだ。」と思っていただける。そして、国の意に反して残した鉄道が、その地域にきちんと利益を与えることができれば、こんな「あっぱれ」なことはないだろう。鉄道を守ってきた地域が元気になるとすれば、鉄道に対する国の考え方も変わるだろうし、そうなれば、全国津々浦々、鉄道のある地域が元気になっていくだろう。

今から9年前、2009年6月に就任した当時の私は、まるで雲をつかむような話ですが、大きな方針を決めて進み始めたのです。

 

先日、いすみ市役所から、いすみ鉄道が沿線にもたらす広告宣伝効果がこの3年間だけでも10億円以上だと発表してくれました。

テレビやCM、雑誌などに登場した場合の広告効果をお金に計算する計算式があるようで、全国の行政が率先してフィルムコミッションなどをやっているのはこのためなんですが、いすみ市の課長さんにお聞きしたら、「あの数字は、本当に少なく見積もった数字で、実際にはもっと高いはずですよ。」とうれしいお言葉をいただきました。

 

いすみ鉄道株式会社という会社としてはなかなか黒字にはなりませんが、インフラとしての鉄道会社の使命は、「いすみ鉄道が走ることで、地域をどう利するか。」だと私は考えます。

いすみ鉄道が走ることで、地域が有名になり、地域がブランド化され、地域に人が来て、特産品が売れ、地域経済が栄えるようになれば、たとえ会社単体としては赤字でも、トータルに見たら黒字になる。こういうトータルデザインを私は長年やってきているのであります。

 

そして今、「少しぐらいの赤字はしょうがない。それよりも安全に走ることを心掛けてくれ。」といすみ市の太田市長さんは言ってくれるようになりました。

つまり、ローカル線がしっかり地域に貢献しているということなんですね。

 

地域がこのように盛り上がってきている状況を見て、私は公募社長としての私の使命である「いすみ鉄道を廃止にしない。」という目的は、十分に達成されたと考えているのです。

 

公募社長総括 1 「乗らないけれど残したい。」

 2018.06.01 Friday 

今から9年前の2009年6月、私はいすみ鉄道の社長に就任しました。

 

120数名の中から選ばれた公募社長です。

 

就任してすぐ、地域をいろいろと廻って、重鎮の方々や地域で活動されていらっしゃる方々にご挨拶をさせていただきました。

その席上で、「社長さん、佐倉から通ってるんですか? 大変ですね。何回乗り換えてくるんですか?」と聞かれました。

皆さん、私が鉄道で佐倉から通っていると思っていたんです。

そこで私が車で通っている旨をお話しすると、皆さんの顔色が変わりました。

 

「いすみ鉄道を立て直しに来た社長が車で通っているとはけしからん。」と言います。

 

私が、「どうしてですか?」と尋ねると、

ローカル線問題を口に出して、「乗らなきゃダメじゃないか。」と言うのです。

 

私は、なるほど、と思いました。

 

なぜなら、皆さんローカル線を守る手段として「乗って残そう運動」を当たり前のようにやっていたんです。

おそらく、いろいろ余計なことを考える余裕がなかったんですね。

「ローカル線の存続運動はこうあるべきだ。」

ということが、いすみ鉄道沿線だけではなくて、全国的にそういう考え方だったのです。


就任当初に撮影した地元の皆様方です。

右から2人目が私で、隣がカケス団長です。

 

「乗って残そう運動」だけじゃなくて、こうして皆さんで集まって、駅の美化活動を長年やってくれていました。

ここは国吉駅ですが、この駅だけじゃなくて、いろいろな駅にこういうチームがあって、皆さん自主的に行動されていました。

 

この方々が皆さん、「社長が車で通ってるなんてけしからん。」と言うわけです。

 

でも、「乗って残そう運動」は昭和の末期、国鉄改革のころから日本全国でやってきていましたが、結果から申し上げて、「乗って残そう運動」で残ったローカル線はないんです。

全部廃止になってしまったんです。

 

 

国鉄末期の地域のスローガンです。

「地域の足を守ろう」「乗って残そう」

これで残ったローカル線はありません。

だから鉄道を存続させる方法としては間違っているんです。

 

そこで、地元の人たちに私は逆に尋ねました。

「皆さんは鉄道を利用しますか。乗って残そうではなくて、日常生活で鉄道を利用しますか?」

 

すると皆さんは口をそろえて、「乗らないねえ。」「車だしね。」とおっしゃいます。

これが地方における現実なんですね。

 

そこで、私は続けました。

「でも、皆さんは、乗らないのに残したいんですか? どうしてですか?」

 

地域の皆さん方は、

「そりゃあ、昔から走っているから。」

「駅があるのがこの町の景色だから。」

「学生のころ乗っていた思い出があるから。」

「やっぱり、鉄道が走っているのが当たり前だから。」

と、このように言うのです。

 

私は、これはなんだろうと考えました。

「乗らないけれど、残したい。」

「昔からあるから。」

「駅は町の風景だから。」

「なくなるとさみしいから。」

 

かつて、国鉄時代の末期には、都会の電車は皆黒字で、その都会の黒字を田舎のローカル線に持って行って赤字の補てんをしている。だけど、田舎の連中は乗りもしないのに残せ残せと言う。あれは田舎の人間のエゴだと言われていました。

当時の都内の電車の混雑はすさまじくて、ホームには「尻押し部隊」と呼ばれる係員がたくさんいて、ドアが閉まらないからお客さんを車内に押し込むんです。もちろん冷房車は少なく夏などは車内は蒸し風呂。山手線や京浜東北線などの国鉄の電車のことを国電と呼んでいましたが、「通勤国電」ならぬ「痛勤酷電」などと揶揄されていた時代です。

そういう都会の人間が大変な苦労をして電車に乗っていて、その都会の電車は黒字で、田舎のローカル線の赤字を補てんしていると都会人は皆思っていました。だから、「あいつらは、乗りもしないのに、残せ残せというのは、実にけしからん。」という理論がまかり通っていたのです。

つまり、「田舎の人間のエゴ」ということです。

 

だから、田舎の人たちは「乗って残そう運動」をするしかなくて、それもそのうち力尽きて、ローカル線は次々と廃止になって行ったのです。

 

私は、こういう状況をつぶさに見てきた世代です。

その私が、ローカル線を預かる身になったわけですから、私はもう一度原点に返って、「どうして乗りもしないのに残したいのか。」ということを考えてみたんです。

そして気が付きました。

田舎の人たちが、すでに乗らなくなったにもかかわらず、なぜ鉄道を残したいと思うのか。

 

それは、実は「郷土愛」なんです。

 

田舎の人にとって鉄道が走っている姿は、昔から続く故郷の風景の一部なんですね。
畑や田んぼで農作業をしているときに、汽笛が鳴って列車が通り過ぎる。

すると、「母ちゃん、そろそろ昼にするべか。」

これだって、地域に立派に鉄道が根付いているんです。

そういう故郷の景色や、そこでの自分たちの当り前の生活を守りたい。

これはまさしく「郷土愛」なんですね。

そして、その田舎の人たちの郷土愛を、都会の人たちは、「乗りもしないのに残せというのは田舎の人間のエゴ」として長年かたづけてきたんです。だから、日本の田舎は自信を失って、だんだんと衰退していった。

「鉄道がなくなると、自分たちの町が地図から消える。そうすると、地域が廃れる。」

よく言われることですが、つまりは郷土愛を否定されて自信がなくなって行けば、だんだん元気がなくなっていくということなのです。

 

私は、こういう話を聞いて、「高校生とおじいちゃんおばあちゃん以外の地元の人たちは、乗らないけれど、どうやったらこの鉄道を残せるか、一緒に考えましょう。」と地域の皆様方に問いかけました。

 

そして、それに共感してくれたのがカケス団長であり、そこから応援団がスタートしたのです。

 

カケス団長がよく言います。

「社長が最初に来たときに、乗らないけれど残したいですか?って言うんだよね。この人、何言ってるんだろうって思ったけど、乗らなくてよいんだったら、面白そうだと思って、地域のみんなをけしかけて応援団を作ったんだよね。」

 

当時の国吉駅です。

お客さんは誰も乗らない、誰も降りない。

それじゃあ寂しいというんで、地元の皆さんが、案山子をたくさん並べて賑やかにしてくれていました。

 

2009年8月。

苅谷商店街のヨシダ洋品店さんが、駅のホームにお店を出してくれました。

8月の土日だというのに、誰もいません。

でも、「ここでお店をやるということが大事なんです。」との私の言葉に共感してくれて、ほとんど売り上げがないけれど、炎天下にパラソルを出して、売店をやってくれました。

その時、ヨシダ洋品店さんの店員として、このお店の店番をしてくれたのが、今、国吉駅の売店で働いてくれている千春さんです。

 

誰も降りないで発車していく列車を見て、「社長、また誰も降りなかったね。」とつぶやく毎日でした。

 

そんな千春さんに、私は「でもさあ、列車のお客さん、珍しいものを見る目でこっち見てたよね。あそこで何かやっているって思ってくれているんだから、そのうちお客さん来るようになるって。やめちゃダメなんだよ。続けなきゃね。」

と言って、誰もいない駅で2人でボーッと、いつ来るかもわからないお客様を待っていました。

 

「ここにはお金が落ちています。」

 

就任当初、私が国吉駅のホームに立って思ったことです。

ローカル線にはお金が落ちている。

これが当初からの変わらぬ私の信念ですが、今でこそ、誰の目にもよくわかることですが、当時の私の「タワケごと」に、「この人は面白いこと言うなあ。」と付き合ってくれたのが、カケス団長とヨシダさんと千春さんだったのです。

私にとっては、大変ありがたい存在の、地域のキーパーソンだったのです。

 

 

 

その後、わずか2〜3年で、国吉駅がこうなるとは、誰も想像できない時代でした。

 

でも、私とカケス団長には見えていましたけどね。

 

本日のお客様

 2018.05.31 Thursday 

本日は、遠く、北海道の網走市からお客様がお見えになられました。

 

網走市議会議員の皆様方です。

 

網走市議の皆様方です。

左から近藤憲治さん、井戸達也さん、立崎聡一さん、永本浩子さん、佐々木れいこさんです。

 

網走市は例のJR北海道問題で、釧網本線と石北本線を何とかしなければならないという危機感を市民の皆様方が感じているようで、いすみ鉄道沿線の取り組みを視察にお見えになられたということです。

 

今回、JR北海道は「上下分離」という考え方を持ち出して、沿線地域の皆様方に「鉄道存続のためにお金を出してください。」とお話していますが、地方の自治体の現状を考えると、それはなかなか無理な話ですよね。でも、「お金を出せないのであれば、仕方ありませんね。廃止にします。」という話は、私はあまりにも短絡的な暴論だと思いますが、では沿線の人たちは何もしなくてもよいかというと、そうではありません。

 

「お金を出すのが難しければ、汗をかきなさい。」

と、私は申し上げました。

いすみ鉄道沿線は、お金も出してくれていますし、汗もかいてくれています。

それは、もちろん、国鉄が廃止にするといった鉄道を、国の意に反して自分たちで残したというスタートがあるからですが、JR北海道の場合はちょっと違いますから、そのまま「お金を出せ」ということは無理があります。でも、お金を出さないまでも沿線住民は汗をかくべきだと私は考えています。

汗とは、何とか鉄道を守る努力をすることです。

「JRなんて関係ない。」というのではなくて、自分たちで鉄道にもっとかかわって、自分たちで鉄道を盛り上げる努力をすること。

例えば駅の構内にお花を植えるとか、無人駅を自分たちで有人駅にするとか、乗って利用する以外にも鉄道にかかわって、鉄道を盛り上げることはできるはずです。

それが「汗をかく」ということで、どうせ汗をかくのであれば、つらい汗ではなくて、楽しい汗、充実感や達成感のある汗のかき方をしましょう、というのが私が本日お話をさせていただいたことです。

 

お金も出したくない、汗もかきたくないでは、そういう地域に鉄道は残りません。鉄道どころか、これからの時代は町自体が残れないと言われています。今がきっと、分かれ道に来ているのでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、そういう時代になってきたのです。

 

網走というところは、オホーツク海で流氷が来るところです。

流氷が着岸したというニュースは、毎年、全国のトップニュースになります。

それはどうしてでしょうか。

別に東京や大阪の人々にとって、網走に流氷が着岸してもしなくても、生活には何の影響もありません。

でも、それが全国のトップニュースになる。

その理由は、全国の皆さんがあこがれている場所だからです。

 

「ああ、オホーツク海の流氷だ。いいなあ、きれいだなあ、一度行ってみたいなあ。」

 

みんながそう思っているから、全国ニュースに毎年なるのです。

 

つまり、網走はそういう場所なのです。

 

そういう場所で、市民の皆様方が、「鉄道を元気にする活動を一生懸命やっている。」となれば、全国のみなさんが網走を応援しようという気持ちになります。北海道の皆さんが、北海道各地で一生懸命頑張って鉄道を守る努力をしているという話を聞けば、全国の皆さんが北海道を応援しようという気持ちになるというものです。

お金がないのはどこも同じ。もちろんいすみ鉄道も同じです。

でも、カケス団長をはじめ、地元の人たちが一生懸命鉄道を守るために汗をかいている。その姿を見て、東京からみんなお手伝いに来てくれて、活動してくれている。そういうシーンが大きなムーブメントを引き起こしているんです。

 

北海道は私たちみんなの憧れの土地です。

その北海道で、地域の人たちが笑顔で頑張っていい汗をかいている姿、鉄道を何とか盛り上げようと、みんなで楽しみながら汗をかいている姿を見ることができれば、そこから、大きなムーブメントが始まるはずです。

 

「お金が出せないのはわかっています。だったらその代わりに汗をかきましょう。」

 

若輩者ながら、本日は生意気にもそのようなことを申し上げてしまいました。

でも、本心ですから。

なぜなら、石北線も釧網線も、私にとっては大切な憧れの路線だからです。

 

4月の下旬に網走駅で近藤さんとお会いした時の写真です。

何気ないカットですが、ここは私にとっては大切な場所なんです。

40年以上も前に、リュックサックを背負って夜行列車でやってきた場所だからです。

 

これが、私にとっての網走駅の価値なんです。

 

今、網走から旭川へ行く特急「大雪」はお客様が少ないです。

地元の人は皆さんバスに乗られています。

4月に私が乗った時もグリーン車は2人だけでした。

 

では、どうしましょうか。

 

グリーン車は国際線のファーストやビジネスクラスのようにフルフラットになるシートで、完全に寝ていかれるようにすればよいじゃないですか。

普通座席は3列シートのグリーン車の座席にすればよいじゃないですか。

車内販売なんか売ろうと思うから売れないのですから、配っちゃえば良いじゃないですか。

飛行機なら無料で飲み物も食事も出てくるんですから。

普通車にはコーヒーの無料サービス。グリーン車にはお茶とお菓子、あるいはサンドイッチ。

運賃の他に特急料金やグリーン料金をもらっているのですから、その中から数百円をお客様にサービスすればよいのです。

そうすれば、普通車のお客様はコーヒーサービスのついでにお菓子やサンドイッチ、あるいは弁当を買うでしょう。

車内販売が売れるようになるのです。

40席の定員のグリーン車を20席の定員にしちゃえば良いんですよ。どうせ誰も乗らないのなら。

普通車でもグリーン車の座席でゆったりとくつろげれば、別に30分ぐらい余計に時間がかかっても、お客様は「もう着いちゃった。」って気分になるというもの。

そうすれば、料金値下げしなくても、すぐに満席になりますよ。

 

これが商売というものです。

 

とまあ、このようなお話を差し上げたところ・・・・

 

 

視察終了後、5名様ともたっぷりとお土産を買っていただきました。

 

ねっ、商売でしょ。(笑)

 

平日でお客様が少ない中、売り上げに貢献いただきましてありがとうございました。

 

 

私の憧れの網走、思い出の網走を、ぜひよろしくお願いいたします。

 

本日はありがとうございました。

「いすみ大使」を拝命いたします。

 2018.05.30 Wednesday 

本日の千葉日報に掲載されましたが、いすみ市長さんから「いすみ大使」を拝命いたすことになりました。

 

 

ありがたいですね。

退任する人間に対して、このように暖かなお気持ちをいただくことに感謝いたします。

 

記事中に「メディア露出による広告換算効果も3年間だけで十数億円に達した」とありますが、実はこれ、国の基準があるようでして、例えばテレビに1分出るといくら、といった計算根拠に基づいて計算したものです。

いすみ市役所の担当の方が、報道、バラエティー、旅番組、新聞、雑誌など、過去3年間つぶさに計算して出した数字ですから、あながち根拠のないことではありません。

 

つまり、いすみ鉄道にはそれだけの価値があるということを地元の行政が認めてくれたということが、私には最高にうれしいのです。

あとは、地域の人たちが、「落ちているお金」をきちんと拾っていくだけなんですね。

 

そのために、いすみ鉄道社長を退任した後も、いすみ市をアピールし、市活性化への意見も出してほしいということですから、ありがたいお話なのです。

 

ということで、私のいすみ大使としての仕事は、いすみ市、いすみ鉄道をこれからも宣伝していくこと。そして、いすみ鉄道を上手に使って、沿線地域を盛り上げていくこと。になりますので、国吉駅を中心とした地域活性化を今後も行っていきたいと考えています。

 

いすみ市の皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

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